ア・マ・イ・ク・サ・リ
 


「なぜ?どうして?」

予感めいたものなどあるはずもなかった。

まだ二度しか会ったことがないその人の顔を見つめてしまう。

綺麗というよりは男らしい線のしっかりした顔を。

意志の強そうな眉、大きい切れ長の眼は優しくて澄んでいる。

すっと通った鼻梁。引き締まった口元。

白過ぎず、黒過ぎない健康的な肌色。

明らかに女の私より造作がいい。

その彼が私の前に跪いている。

私の手を取り大切そうに両手で包み込むと真面目な顔で見上げてくる。

「あのぅ。これはいったい…」

「僕と結婚してくださいますね」

「は?」

プロポーズされている?私が?

しかも「ませんか?」ではなく「ますね?」

いやいやいや、いくらなんでもないでしょ?

会ったのは今を含めてたった二度。

この人のことも私のこともお互い何もわかっていない状況だ。

それでも私は彼に嫌な感情を持っていないのは確かだった。

だから温かい手を振りほどく気になれない。

頭では戸惑っているのに。

「あの、でも」

なぜ、私に?と声を出そうとした瞬間







…目が覚めた。

「なんだ、夢か」

まだこんな夢を見るなんてやっぱりまだ結婚願望残ってんのか、とぼんやり考える。

三十六年生きてきて殊更に独身主義を貫いているわけでも結婚に向けて前向きに活動してきたわけでもなく…。

二十代の頃は大して深くも考えず仕事をして友達と遊んで気づけば周りはどんどん寿退社して行った。

仕事は遣り甲斐は感じているけれど貪欲に出世したいとか上に評価されたいとか思ったことはない。

どっちつかずでいるうちに気づけばこの年齢を迎え立派に立派なお局様になっていた。

新人の頃面倒を見ていた若い男の子たちはそれなりに出世して私を追い越していく。

若い女子社員たちとも結構うまくやってるつもりだし、指導をする立場とは言え決して煙たがられているだけではないと自分では思っている。

弟や妹は家庭をもっていてかわいい甥や姪もいるし、時々会って可愛がるのは気分がいい。向こうも懐いてくれるしお互い嫌な面を見せない、見ないでいい。

両親はまだまだ元気だし弟のお嫁さんはとてもいい人でうちの母親のお気に入りだ。二人の関係から見て両親の老後もそう心配はいらないだろう。

孫の顔も見れているし弟夫婦とは同居だ。「結婚しろ」という私へのプレッシャーも最近は軽くなってきていて、まあ、もう諦めてくれたということなんだろう。

だからここまでくれば別に一人でもいいかと思っていたのに。

それにしてもあの男は誰だったんだろう?

目が覚めてからは顔も朧だが、会ったことがないのは確か。

夢の中では一度は会っていて二度目で求婚という突拍子もない展開だったけど。

まあ夢だから。

夢ってそういうもんでしょう。

…でも夢って願望が出るっていう。

そういうことなんだろうか。






*





白いドレスを着て祭壇の前に立つ私。

透けるベールの向こうにはグレイの式服に身をつつんだ男の人が立っていた。

思わずごくりと喉が鳴る。

背の高いその人はゆっくり私に近づくと丁寧にベールを上げる。

驚きで声も出ず目を丸くしたままの私をまじまじと見つめると身をかがめ唇の斜め下、顎に口づける。
始めに右側、次に少し唇をずらして左側。

唇には触れなかった。

「あ、あの・・・」

ようやく声が出た私。でもその声は擦れていた。

その人は笑ってふわりと私を抱きよせ、そのまま抱きしめる。

温かい。

「ありがとう。結婚してくれて」

私、承知した憶えなんてない!

それなのに逆らえなくて抱きしめられたままになってる。

「私、貴方の名前も知りません」

擦れた小声でそういうのがやっと。

「何を言ってるの?聡(さとる)ですよ。初めて会ったときに名乗ったじゃないですか」

「さとる・・・さん?」

「そうですよ。真保子さん」

「お、いくつですか?」

「あれ、言ってなかったかな。二十九です」

「に、二十九?」

私より七歳も下!

「わかってるんですか?私、三十六ですよ?何かの勘違いじゃぁ…」

「そんなことはありませんよ。やだなぁ。貴女の誕生日を僕が知らないはずないじゃないですか」

「で、でも…」

混乱している私を見て彼は少し腕の力を強める。

「もう、かわいいなぁ。そんなところもどきどきします」

「はぁ?あの、何言って…!」

「何も心配いりません。僕に任せて」

彼は微笑むと腕の力を少し緩め身を屈め今度こそ唇を重ねてきた。









「また・・・」

ベッドの上で思わず自己嫌悪。

またあの彼が出てきた。

しかも求婚の次に進んでいるし!

「う~~」

『なんとか(夢で姓は名乗ってなかった)』聡(29)なんで二度も私の夢に出てくるのって恨みたくなる。

大体誰よ!なんとか聡(29)

いやいやいや七歳下ってありえないでしょ。

ないわー。

うちの会社で二十九歳って言ったら、山田くんと牧野くん、小林くんあたりか。

ないわー。

夢に出てきたなんとか聡と比べて全然落ち着きないってば。

ジェネレーションギャップばりばりに感じるもの。

向こうも入ってないだろうけどこっちも恋愛対象に入ってないもん。







*




へんな夢のおかげでまたぐだぐだ考えちゃって電車一本乗り過ごしちゃった。

少し急ぎ足で歩く。

会社まであと少しのところで信号待ち。

空を見上げると雲が結構多い。

今日、雨降らなきゃいいけど。

空から視線を戻して歩行者用の信号機を見る。

あと20秒。

はう。会社に行ったらすぐに牧野くんの資料の直ししないとなぁ。今日午後一で客先に持ってくって言ってたし。

ふと道路の向こう側から視線を感じる。

「あ」

思わず声をあげてしまった。

驚いた顔でこっちを見つめている長身の彼。

『なんとか』聡(29)がそこにいた。










 

昨夜見た夢を少し改変。
ヤバい感じでした(←おい)