蒲公英




まだ時々頬に冷たく風が当たる。
先を歩いていた泰衡はふとしゃがみ込んだ神子に気づき足を止めた。

「どうした?神子殿」

「たんぽぽ」

地に生えた黄色いたんぽぽの花を護るように囲い込んで神子が泰衡を見上げた。

「・・・春だな」

「うん」

「ようやく兵を動かすことができる」

「うん」

「本当に・・・それでよいのか」

「うん。・・・もう決めたことだから」

「そうか」

自分と共に修羅の道に足を踏み入れようとしている乙女を泰衡は眇めた目で見た。
その所業はけっして浄土に通じるものではなく、人から恨みすら買うかも知れぬ道であるのに。

「私には護りたいものがある。あなたにも」

「そうだ」

あの冬の合戦で神子が下した決断は泰衡を充分驚かせるもので。

泰衡がそう望み、強い意志を持って神子を罠にはめた。
神子の意思がどうあろうとその計画を曲げる気などなかった。

なのに・・・

神子が望みどおりに鎌倉勢を逆鱗で打ち滅ぼしたとき自分は何を思ったか。
汚れなきその小さな手を汚してはいけないのではないかという小さな恐れではなかったか。
が、それを躊躇する余裕は泰衡にはなかった。



堕ちるなら共に。

泰衡の選ぶ道は最初から決まっていたのだ。

この平泉と九郎を護ろう。そう決心した彼はそれ以外のものを犠牲にすることも辞さなかった。
たとえ敬愛する父親を手にかけることになったとしても。

大切なものを護るためにそれ以外の大切なものを諦める。

それが彼の選んだ道だった。

「あれはどうしている」

「・・・うん。傷も癒えてきたよ。少しずつ体力ももどってきてるみたい」

「そうか。弁慶殿は腕のいい薬師というわけだ」

かつて銀と呼んで傍近くにおいていた男は平重衡という大物であり、今では記憶を取り戻し自らの意思で神子の元に留まっている。
壇ノ浦で平家は滅び、彼にはもう行くところがないのだ。
八葉である平敦盛も還内府としてその名を知られていた有川将臣も同様である。
反逆者として鎌倉から追われている九郎もその郎党、弁慶も。
鎌倉がある限り、この国のどこにも彼らの生きる場所はない。
この平泉とて、例外ではない。頼朝は未だ勢力下にないこの豊かな黄金の国を見過ごしにする気は毛頭ないだろう。
鬼の一族に熊野の別当、異世界の少年までバラエティーに飛んでいる八葉の面々は欠けることなく神子に従っていた。

それだけこの少女に強い力があるということなのだろう・・・泰衡は小さくため息した。
自分とて近頃では彼女の調子に乗せられることがあるのだから。

「そうだね。敦盛さんや将臣くんも気にかけて栄養のあるものを探してきてくれるみたい」

「それはうるわしいことだ」

「銀は鎌倉には自分も参戦するといってる」

「ほう。それも神子様が愛しいゆえか」

「泰衡さん」

「すまぬ」

「私はあなたを選んだ。どんなことになっても肩を並べて戦うのはあなただよ」

「ああ、わかっている」

「あなたと一緒に戦って、新しい国を作ろう。誰にも干渉されない強い国を。大切な人たちが安心できる居場所を」

「ああ」

「そのための戦いなら・・・私は」

「わかった。もう言わずとも良い。…わかっているから」

鎌倉を攻めることは罪なのかもしれない。
少なくとも兄を攻めることをお人よしの九郎は苦しんでいる。大勢の民人も犠牲になるかもしれなかった。
それでも。
もうこの世界のどこにも帰るところがない人たちのために。
目を閉じると九郎の、弁慶の、敦盛の、リズヴァーンの…そして銀の顔が瞼に浮かぶ。

「我らは浄土にはいけぬ。ならば、この世に浄土を築こう」

「うん。・・・出発はきまった?」

「ああ。三日の後に」

「・・・わかった」

「ゆこう。共に」

立ち上がる神子に手を差し出す。

「うん」

最初は友と国を護れればよかった。
が、今は違う。

神子と共に新しき世を作ろうと思う。誰もが安堵して暮らせる世を。

そして・・・もし叶うならば、この少女と共に…

(いや、それは欲が過ぎるというものだ)
ふっと皮肉な笑みを一瞬浮かべ泰衡は傍らの少女を見下ろした。

「どんなことになろうともあなたを護る」

「・・・私も、私もあなたを護るよ」


帰って来た答えに泰衡の口元がまた微かに緩んだ。









泰衡ED(銀のバッド)の補完。泰衡さんすきーーー