蚊封じ




 昨夜は結構蒸し暑くて、それでも遣り水の音を聞きながらいつのまにか僕は眠ってしまった。
うん。今朝は湿気も上がってとっても爽やかだ。

 「おはよう〜天真先輩」
 「…詩紋か。おはよ」
ふぁ〜と大きな欠伸をかみ殺しながら天真先輩は目をこする。
 「昨夜は暑かったから眠れなかったの?」
 「いや。ま、暑いのは暑かったけどよ。眠れなかったのはアレが原因だ」
 「アレ?」
 「蚊だよ。蚊」
ああ、蚊か。確かにアレは眠れないよね。顔の傍をぶーんなんて飛ばれるとね。

あれ?そういえば僕は今年は一匹も蚊を見てないような気がするな。
ここ土御門邸の庭には池もあるし、草はたくさん植わっているし蚊の一匹や二匹いないはずはないんだけど。

 「おはようございます」

永泉さんがやってきた。僧侶である永泉さんはいつも朝が早い。
永泉さんが暮らす仁和寺はここから随分遠くにあるのに、いったい朝何時に起きているんだろう?

 「永泉さん、おはようございます」
 「永泉か、おはよ」
 「おや、天真殿は寝不足でいらっしゃるのですか?なんだかお顔の色が優れませんが」
 「そうなんだよ〜。蚊が煩くてさぁ」
 「蚊?…そうでしたか」
 「でもなんでだろうねぇ。僕の所には全然来ないけど。武士団の館のほうって池とかないのに」
 「そんなもん俺が知るかよ」
ふぁ〜〜と天真先輩はまた欠伸。
 「では、武士団のほうには施されてないのですね」
天真先輩の眠そうな顔を見ながら ぽつりと永泉さんが呟いた。
 「何をですか?永泉さん」
 「土御門邸の対屋には『蚊封じ』の呪いが泰明殿によって施されていると聞きました」
 「「蚊封じ?」」

なんなんだろう?蚊封じって?

 「はい、陰陽道には蚊を封じる呪いもあるのです。神子の対屋には一層厳重に泰明殿が施されたとお聞きしております。じつは、かくいうわたくしの坊にも泰明殿はわざわざ足を運んでくださって…」
と、嬉しそうに語る永泉さん。

最近、永泉さんと泰明さん、信頼しあってるもんなぁ。信じる心マックスみたいだし。

 「ってことは、泰明を捕まえればいいんだな?」
 「はあ?」
 「天真先輩?」
 「泰明をとっつかまえて俺の安眠を確保するんだ!永泉!」
 「は、はい、なんでしょう?天真殿」
 「泰明は今日はどうした」
 「たぶん、北山では?薬草を取りに行くとかおっしゃっておいでだったような…」
 「北山だな?詩紋、ちょっと行って来る。あかねにそう言っておいてくれ!」
 「ちょっ!天真先輩!!…・あ〜いっちゃった」
 「足がお速いですねェ。天真殿は」
 「大丈夫かなぁ。北山って結構広いですよね」
 「ええ。大天狗が住まうくらいですから」
 「それに…」
 「「きっと蚊もいっぱいいるでしょうね」」

夕方、泰明さんを探しまわって散々山を歩きまわった天真先輩がよろよろになって帰って来た。

体中、蚊に刺されまくって。

はぁ。ノースリーブなんかで山に入るからだよ〜天真先輩…

え?泰明さん?泰明さんはその日あかねちゃんの部屋に一番乗りで来ていたらしいんだ。



初出2003.6.30  再掲載2005.06.13      
     


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