光満ちた場所



暑い京の夏がようやく終わり、蝉の声もいつのまにか止んで気がつけば秋あかねが飛んでいる。
長月・・・・
一条大路、京の北辺に近い安倍の邸をひとりの僧侶が訪れていた。
普段中々合うことのできない大切な友人のもとに。
僧侶の名を永泉という。
「これは御室の皇子さま」
うやうやしく一礼する式神にも丁寧に礼を返すとおだやかな声で
「泰明殿はご在宅でしょうか?」
と訊ねる。
「はい。皇子さまをご案内するよう申し付かっております。」
御室というのは仁和寺のことで、代々皇室の皇子が出家した際入る寺の代表であった。
永泉は時の帝の腹違いの弟にあたる。
母は違えど兄弟仲は大変睦まじく、また永泉の母の血筋が帝の母よりも上ということもあってこの御室の皇子は宮中でも大変重い立場にあった。
兄帝はいっそ還俗して自分の補佐をしてほしいと願うほどで・・・
しかし、永泉は伝説の龍神の神子に八葉として仕えたあとも、兄の願いを固辞して僧籍に留まり続けていた。


永泉が渡殿を歩いていくと、目的の人物は高欄に背を持たせ、どこともなく庭を見ていた。
「・・・・・永泉か」
帝の弟を呼び捨てにするはこの邸の主、安倍晴明の弟子泰明である。
泰明はやはり永泉と同じく龍神の神子に仕える八葉であり、永泉とはともに玄武の守護を受けるといういわば、最も近い仲間である。
「泰明殿、おひさしゅうございます。」
嬉しそうに微笑む永泉にどこか物憂げに泰明は頷いた。

この泰明という人物、晴明の最強最後の弟子という声が高く、強力な呪力を持った陰陽師である。
普段はまったくスキのない、理知的で怜悧な男なのだが・・・
今日はまったく覇気というものが感じられなかった。
「わたくしが参ることをご存知でしたか?」
「ああ。お師匠の式神が橋のところから知らせてきた。」
橋というのは一条戻り橋。
安倍晴明はこの端の下に式神を住まわせているのだという噂を永泉は思い出した。
「あの・・・泰明殿。」
「なんだ?」
「何か元気があられぬようですが?」
「・・・・・・・・・。」
「神子と何かありましたか?」
神子というのはずばり龍神の神子で・・・
鬼から京を守りとおしたのち、この安倍泰明と結ばれてこの邸で共に暮らしているのであった。
「神子は・・・・」
いいかけて泰明は考えあぐねるように絶句する。

「そういえば・・・新しいお邸の普請の進み具合はいかがですか?」
龍神の神子の働きに朝廷から下賜された土地・・・今、泰明がそこに邸を立てさせている。
「順調だ。外はできあがった。今は中に手を入れている。」
「それはよろしいですね。」
「神子が・・・・」
「神子がいかがなされました?」
「神子は私と二人でその邸に移るのが嫌らしい。」
「神子がそう申されたのですか?」
「いや、そうではない。」

もともと口数の少ない泰明のこと、永泉はぽつりぽつりと話す泰明の端的な言葉を繋ぎ合わせた。

泰明のいうには−−−−

神子は最近私のもとよりもお師匠のもとにいる時間が長い。

私との会話にもお師匠のことばかり話す。

神子は私などよりもお師匠のほうが好きなのではないか?

(早い話がやきもち・・なのですね・・泰明殿)
泰明の極端な三段論法に首筋がこそばゆくなるのを我慢して
「神子にかぎってそういうことはないでしょう・・・」
永泉は泰明を宥めようとする。
「そんなことはないっ」
「泰明殿?」
「先日、神子がお師匠は何色が好きかと訊ねるので、白と紫だと答えたら・・・」
「答えたら?」
「神子は今、白い直衣を縫うのにかかりっきりになっている。」
「・・・・・・・それは・・・」
(なんといったらよいのでしょう?神子が晴明殿を?まさか)


パタパタという足音が聞えて来る。

すっかり長袴を裁くのに慣れたあかねが渡殿を駆けてきたのだ。
「あ〜永泉さんv」
「神子。おひさしゅうございます。」
「おひさしぶりです〜永泉さんv」
「あ、すっかり忘れておりました。主上から瓜やら菓子を賜りましたので神子にもおすそ分けし様と・・・持参いたしました。」
「わぁ・・・いつもありがとう。」
甘いものに目がないお年頃。
嬉しそうに永泉が持参した籠の中を見る。
(特にかわったところなどにように感じられますが・・・)
上機嫌の神子を見ながら永泉は微かに首を傾げる。

泰明の妻になっていっそう匂い立つように美しくなった・・・
緋色の袴が鮮やかで、僧侶の身にもあかねが泰明に愛されて幸せに暮らしているのが伺える。
一度だけ・・還俗してもよいと考えたのはこの少女の為だった・・・
永泉は今でもきゅっと痛む胸の一部分を衣の上からそっと押える。
(わたくしにとって大切な仲間である泰明殿・・・そして神子・・)
自分は泰明の傍で微笑む神子だから魅せられたのだと・・・眉間にしわをよせてやや不機嫌な泰明に笑顔で話しかけているのを見るとそう思える。
願わくば生まれ変わってもこの二人の傍にありたいと思う。
静かに・・・ただ傍に。
(神子と泰明殿がお幸せならば、こんなうれしいことはありません)

「もうすぐ泰明殿の誕生なさった日ですね」
「うん♪ささやかなお祝いをするつもりなの。永泉さんも来てくださいね?」
「ありがとうございます。」
法要もはいってなかったし、八葉として神子のもとにうかがうのをとがめだてする僧侶もいないだろう。

「さ、じゃあ、私はまた縫いものに戻ります〜、永泉さんゆっくりしていってくださいね?」
至極うれしそうにあかねは晴明の住まう寝殿の方向に向かう。
思わず永泉は泰明と顔を見合わせる。
(まさか・・・神子にかぎってそのようなことは・・?)
泰明がはぁとため息を零した。




普請は終わり・・あとは新しい主を待つばかりとなった邸。
左大臣家からも、晴明からも調度が届けられ、広大とはいえないがそれなりに充分立派な邸で・・・
磨きぬかれた柱や泰明の意向でできるだけ自然に近い庭・・・
あかねの為に整えられた部屋。

喜んでくれるだろうか?
この邸には自分とあかねしか住まわないのだから、自分が仕事に出ている間はあかねは淋しい想いをするのではないだろうか?

邸を持つことを進めたのは師匠本人であり・・・その思惑の中には北辺の守りは自分で充分だから、同じくらいの力を持つ泰明に南を守護して欲しいという願いがあったのかもしれない。
それがわかるから泰明は邸を立てることに同意した。
都を二度と危機にさらさないために。
愛するあかねを守るために。
都に禍があれば、龍神の神子は必ずやまた苦労を背負わねばならなくなる。
そんなことがないように・・

だが・・・神子は本当に喜んでくれるのか?
あかねを愛する気持ちは誰にも負けないという自負はある。
だが、感情を得てまだ1年・・・神子に淋しい想いをさせないという自信はない。
余裕と言うものが自分にはない。


あとは良き日、良き刻限を選ぶばかりだというのに・・・
泰明はあかねに引越しのことをなかなかきりだせずにいた。
そんなところにあかねの不審な様子・・・
(お師匠のことが好きなのか?あかね?)
晴明は見た目もかなり若い。友雅と変わらない様子だし・・
いや、実際の年は泰明とて知らないのであるが・・・
宮中の女房たちにも人気はあるようだ。
(神子が望むなら・・・・だめだ。私は神子がいなくては壊れてしまう。それでも・・・神子が幸せならば・・・)
苦しげな顔で泰明は誰もいない新居の庭を見つめた。
(何のための邸だ・・・)
光差す庭も泰明の目には闇としか映らなかった。




長月・・・14日・・・

「泰明さん、お誕生日おめでとうございます。」
泰明がこの世に生まれい出て四回目初秋の日。
庭には桔梗が咲き乱れていた。
あの日と同じように。

「泰明殿、お誕生日おめでとうございます」
誕生日を祝うという風習を持ちこんだのはあかねで・・永泉はじめ他の八葉もそれにならい仲間の誕生日を祝うようになっていた。
「みなさまから贈り物もお預かりして参りました」
「ありがとう永泉さん。」
にこやかな神子と先日とは対照的に沈んだ表情の泰明。
(泰明殿?)
もともとあまり明るい顔つきの泰明ではないが・・・
(少しやつれたようにみえるのはわたくしの気のせいでしょうか?)
永泉は心配げに泰明をみつめる。
「じゃ、泰明さん、行きましょうか」
神子が立ちあがった。
「どこへだ?神子」
「決まっています。お義父さまのところです。」
「お師匠の?」
「はいv」
(神子・・・なぜ、そんなに嬉しそうなのだ?)

「はい、これ持って。」
泰明の手に包みを渡す。
あかねの行動に永泉も驚きながら・・それでも成り行きが心配でその後に続いた。






「おとうさま〜」
「おや、あかね殿か。どうしたのかな?」
机にむかって書き物をしていた晴明がゆったりと微笑む。
「今日は何の日か覚えておいででしょうか?」
あかねがいたずらっぽく訊ねると晴明はうなずく。
「もちろんだ。・・・泰明・・・どうした?そんなところに突っ立って。坐りなさい。」
憮然としていた泰明が腰を下ろす。

「お義父さま、これを受け取ってください。」

(み、神子・・・まさか、泰明殿やみなのまえで・・・堂々と晴明殿に告白なさるつもりじゃ・・?)
まさかと思いながらも小心者の永泉は怯えたような目で泰明を見る。
晴明はまだ充分若いし(だれも晴明の本当の年はしらなかったが・・)第一泰明とよく似た美貌の持ち主だ。しかも、飄々として軽口もたたくし、女性にも人気があった。
宮中で晴明のもてもてぶりを実感している永泉としては不安を感じるのも無理はなかった。

あかねは、膝の上で拳を握り締めた泰明の前から包みをさっと持ち上げるとにっこり微笑んで晴明に差し出すした。

「これは?あかね殿?」
受け取りながら訊ねる晴明にあかねはすまして
「お直衣です。」
「ほう・・・・よくできている。これを私に?」
「はい。」
泰明が無言のまま立ちあがる。
踵を返したときあかねの声がはっきりと耳に響いた。




「大切な泰明さんを今日という日に、この世界に生み出してくださったお義父さまに、感謝のしるしです。ありがとうございます。」


「神子・・・・」

「・・・・そうか・・・ありがとう。ありがとう、あかね殿」

「神子?これはいったい・・?」
妻の行動に呆然としている泰明を振り仰いであかねは微笑んだ。

「ふとそう思ったの。だって、お義父さまがおいでにならなければ、泰明さんはいなかったんですもの。泰明さんのお誕生日には誰よりもお義父さまに感謝しなきゃって・・・」

「だから・・お師匠の好きな色や香りを私に聞いたのか?」
「うん。」
「そうなのか・・・」
「もしかして・・・少し妬いたりした?」
上目遣いで可愛く見上げるあかねに泰明の首筋が紅く染まる。
「すまない。私はまだ、未熟者だ。」
「ちゃんと、泰明さんのプレゼントも用意してあります。だって今日の主役ですもの。」
あかねは女房姿の式神を手招きする。
「・・・これです。受け取ってください。」
泰明が広げてみると藍色の直衣が現れた。
「サイズどうかなぁ・・・」
泰明の肩に直衣を合わせてあかねはにっこり頷く。
「うん、丁度いいですね。」
「だけど、泰明と私、両方のぶんをつくるのでは大変だったろう。」
「私、縫うの遅いから・・でもお義父さまのところの女房さんに随分前から教えてもらって・・・やっと間に合いました〜よかったぁ」
「ふふふ・・・そうか。ありがとう。うれしいよ。あかね殿。で、そんないじらしいあかね殿の気持ちも知らず・・・勝手に妬いて拗ねていたのか?泰明は?」
「・・・・・知らぬ。」
「子供だな〜まだまだ。」
「お師匠!」
「まぁまぁ・・・泰明殿、神子は泰明殿をこのように愛しく思っていらっしゃることがわかったのですから。」
「やだ・・・永泉さんたら、はずかしいなぁ」
「神子・・・・」
照れながらも泰明に引寄せられると素直にその腕に収まるあかねに永泉があらぬ方向を見る。

「ほれ、永泉様が困っておいでになる。続きは自分の邸でやれ。泰明。」
「お師匠?」
「邸は完成しているのであろう?日ならもう選んでおいた。今日が最高によき日だ。」
「泰明さんたらちっとも言ってくれないんですもん〜」
あかねがぷっと頬を膨らませるふりをする。
「神子はおまえと早く二人で暮らしたいとさ。」
「お師匠・・・」
「お義父さま・・・」

腕の中のあかねをそっと離すと、泰明は晴明の前に正座した。
あかねも急いで傍に坐る。
「今までお傍で慈しんでいただいたことに礼を言う。」
「ありがとうございました。お義父さま」
「礼などよいからときどき顔を見せるように。あかね殿はここがあなたの実家だということを忘れないで欲しい。泰明がわからないことを言ったらいつでももどっておいで。」
「断るっ」
あかねを引寄せて泰明が晴明をにらむ。
「あかねは私の妻だ。」
「ふふ・・・おまえは意外に独占欲が強いなぁ・・・」
「・・・・」
「私に似たのかねェ・・・さ、早くいきなさい。どうせ向うの邸であかね殿と『らぶらぶ』な生活をするんだろ?」
「お師匠・・・4年前の今日・・・私を生み出してくれたことに感謝する。あなたがそうしてくれなければ・・私は神子に会うことができなかった。」
「わかったから・・早く行け。」
晴明は煩そうに手を振った。
「では・・失礼する。」
あかねの手をとって立ちあがる泰明に晴明の微かな呟きが届いた。

「泰明、おまえが生まれて本当によかったと思う。生まれた日が新しい門出となる。神子と幸せに暮らせ。」

「お師匠・・・」
「ああ、早く行け。明日は遅刻厳禁だぞ。」
「わかっている。お師匠こそ・・・ちゃんと出仕しろ」
「はいはい。うるさいおまえがいなくなったら、さぼりたい放題だとおもったのになぁ・・」
「式神を残していってやる。」
「いらん。」

「お師匠」
「なんだ。」
「・・・・・ありがとう」
泰明と神子が連れ立って遠ざかるのを永泉と晴明は見送った。



「やれやれ・・やっと行ったか。」
「晴明殿は本当に泰明殿を慈しんでいらっしゃるのですね。」
「永泉様、あれの・・・泰明の友でいてくださることに礼を申し上げます。」
「いいえ、わたくしのほうこそ。」
「今宵は・・・あなたの笛をお聞かせくださいませんか?何やらそういう気分なのです。あなたの笛は昔の友を思い出します。」
「ええ、わたくしの笛でよろしければいくらでも。」

二人の幸せを願う晴明と永泉は曇りなき空を見上げていた。







「泰明さん・・・」
涙で湿るあかねの声に泰明はやさしく振りかえる。
手をつないでもどうしても足の長い泰明が半歩出る形になるのである。
「お義父さまは本当に泰明さんのこと愛してるんだね・・・」
「神子、礼をいう。お師匠に感謝の言葉を伝えられたのはおまえのおかげだと思う。」
「私なんかが何もしなくても・・二人の絆はすごいです。」
あかねは首を振る。
「私たち、新しいおうちで・・・幸せになりましょうね?」
「ああ。神子。神子がいれば私はどんなところでも幸せだ。」
「私もです。泰明さん。」

泰明があらためてあかねの手を握りなおした。
「行こう。あかね。」
「はい。」





二人の新しい生活の場となる邸・・・・
その庭には光が満ち溢れ・・・二人の到着を静かに待っていた。




 おわり
  
     


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