星恋ふる君





龍神の神子と尊称されるあかねがこの世界に降臨してはや4ヶ月。
鬼との戦いも終わり 世の中は徐徐に秩序をとりもどしてきている。

「や、神子どの、ご機嫌はいかがかな?」
「友雅さん・・」
退屈していたあかねは うれしそうに顔をあげた。
彼女の愛しい陰陽師は 多忙でここ4、5日姿を見せない。

「姫君は少々 憂い顔でいらっしゃるようだね。ま、そんな顔も悪くは無いが・・・」
友雅はあかねの前に女房がしつらえた茵に座った。

「退屈してたんです。このごろ外に全然出られないし。」
「おやおや、泰明殿にしかられるのがそんなにこわい?」
いたずらっぽく囁く友雅にあかねはほほをそめて 顔をそむける。
「別に 恐いなんて・・・」
「神子殿のおかげで世の中も落ちついてきたし 今年は盛大に乞巧奠の宴が催されるらしいよ。どう?行ってみるかい?」

「なんですか?それ・・・」
「乞巧奠とは 一年に一回の七夕津女と牽牛の逢瀬に芸事の上達を願う行事なのだが・・・」
「ああ〜〜知ってます。短冊にお願い事をかいて笹につるすんですよね。
幼稚園のころかいたなぁ・・・セー〇ームーンになりたいって。」
「せぇらぁ?そうか、神子殿の世界ではそうやって願をかけるのだね。」

友雅の話によるとその日は宮中でもお供え物をして 諸芸の上達を願い 蹴鞠、楽、星をテーマにした歌や詩を読むという宴が繰り広げられるのだという・・・。
「へぇ・・・そうなんですか?」
目をきらきらさせて話にききいるあかねに 友雅はふと昔の知り人の面影を重ねた・・・。









「左大臣さまは新しい奥方をお邸にひきとられたんですって。」
「ま、よく北の方がおゆるしになったこと・・」

所要で左大臣家を訪れ、渡殿を歩く若き日の友雅に飛びこんでくる遠慮ない女房の噂話
「へぇ・・・あの北の方大事の左大臣殿がねぇ・・・」
ふと新しい奥方になられたという姫君に興味を覚えた。
もちろん、左大臣のものに手を出すほど 無謀でも、女性に不自由しているわけでもないが・・
いったいどんな姫君なのだろう。


なじみの女房を訪ねる。この女は友雅の乳母の娘で こうして兄妹のようにときどき文のやりとりをしている。話題を噂の姫君にむけてみると・・・
「ああ、その方は星の姫君と申される方ですわ。ご身分はさほどではないのですが特別な力をお持ちの一族の最後の姫君なのだそうです。」
「ほう、星の姫君ねぇ・・・」
友雅は扇を弄びながら乳母子の話に耳をかたむけた。

その姫はまだ16歳なのだという。
昔、この平安の都が災難に襲われた際 力を持った星の一族があらわれ 龍神に仕えその力を持って京の危機をすくった。
その一族の最後の姫がその血筋をたやさぬため、また、強力な後見を受けるために結婚したのが左大臣というわけだ。
「で、どんなかたなのかな・・・」
ちらりと流し目をくれる友雅に平気な顔で乳母子は答えた。
「ま、友雅さま、また悪い癖が出たのですか?いけませんわ。あんなかわいらしい姫君を。」
「ほう・・・」
まだ美しいというよりはあどけない姫なのだろうか。
「ん?」
友雅の切れ長の瞳が庭の隅をとらえる。
「あれは・・・・」



15〜6歳の少女が竹垣のすきまから一所懸命なにかをとろうとしていた。
「何をなさっておられるのかな。」
頭上高くふってくる声にあわてて振り向く。

「あ・・あの・・・」
たちまち真っ赤に染まる頬。
紫がかった黒髪にそれより少し明るい瞳。
可憐な姫だった。
「この紙が挟まっってとれなくて・・・」
困ったように友雅を見上げる。
「ん?」
友雅が竹垣にしっかり挟み込まれた紙をとってやると少女は嬉しそうに顔を輝かせた。
「ありがとう・・・」
そしてもどかしそうに紙をひろげる。

「ふぅん、ひとづまゆえに・・・か、随分古代めいた歌をひっぱりだしてきたものだね。」
「あ、見ないでくださいっ」
頬をそめるぎゅっと文を抱き締めるようにかくす。

「想い人からかな?」
友雅がからかうように覗きこむとあわててクビをふる。
その必死さが痛々しくて友雅はからかうことができなくなった。







「で、その少女はどうなったの?」
興味津々でたずねるあかねにウィンクする友雅。
「さぁね。『人の恋路』だからね。さほど興味もなかったし。」
はぐらかされているような気もするが、友雅の表情を読むにはあかねは若すぎるようである。
「う〜ん、なんか気になるなァ・・・」
小首をかしげ、友雅を見上げる。
「ふふふ・・・・・同じ恋する乙女としては・・・かな?」




夜半、あかねは誰かに呼ばれているような気がして目をさました。
庭の藤だなの下に人影があった。
藤色の装束を身に纏った妙齢の女。
「あなたは・・・誰?」
そのひとは寂しげに微笑んだ。
「神子さまにお会いできてうれしゅうございます。」
あかねはその姿を見て驚く。
「藤姫・・・?」
その婦人は藤姫が成長したらたぶんこうなるだろうと思われるくらい藤姫に似ていた。
紫がかった黒髪は身の丈よりも長く、その菫色の瞳うちに悲しみを秘めている。
この世のものではないことをしめす ぼぉっとした白い光につつまれている。
(藤姫のお母さんだ)
あかねはそう直感した。


「どうしても・・・神子さまにお願いしたいことがあって・・」
その人は顔を伏せた。
「わたしに?あなたのお名前は?」
「紫(ゆかり)と・・・・昔呼んでくださった方がいました・・・・」
「ゆかりさん?」
あかねは微笑んだ。
「なんですか?私にできることでしたら。」
「神子さまの・・」
そこで言葉を切る紫。
足音もなく近づく影に視線をおくる。

「泰明さん!」
「神子・・・おまえはよくよく色んなものに出会う運命にあるのだな・・・少し下がれ。」
泰明はため息をつくとあかねを守るように背後にかばった。
「わが神子に何用か?」

泰明の視線に臆するように紫は口を閉ざした。
「泰明さん、お願いこのひとと話させて。」
あかねが泰明の背中をつつく。
「ね?」
「神子・・・。・・・わかった。このものにはおまえに危害をくわえるつもりはないようだからな。」
泰明はあかねをその場に残し 少し離れた場所の木に腕を組んで立った。

泰明が離れると安心したように紫は話し始めた。
「神子さまのお部屋の一番奥の柱に割れ目がございます。その中に隠した紙をとりだして焼き、その灰を水に流して欲しいのです。」
「水に?」
「はい。神子さまのお部屋は恐れ多いことですが昔、わたくしが使っていた部屋でした。その昔わたくしがかくした罪を水に流して欲しいのです。」

「罪?」
悲しげな顔の紫。
「どうか、お願い致します。」
頭を下げると消えていく紫。
「どうか・・・」
「ゆかりさんっ」

葉だけの藤だなに泰明は近づいた。
「神子、柱を探してみろ。」
「はい。」
あかねと泰明は部屋に戻る。

柱の割れ目の奥、やっととりだした紙は古く変色していた。
かろうじてよめる字。
「ひとづまゆえに・・・・・」

「あ!この歌。」
あかねが紙を引っつかんでまじまじと見る。

「・・・・むらさきの にほえるいもを  にくくあらば  ひとづまゆえに  われこひひめやも。大昔の歌だな。」
泰明が腕を組んで柱に持たれたまま瞑目する。

友雅の話が甦る。
(紫さん・・・・)
あかねはぎゅっと文を抱き締めた。






「神子、これはなんだ?」
あかねのつるした照る照る坊主を見て泰明は 怪訝な顔をする。
「だって今夜は七夕でしょ。晴れて欲しいもん。」
「この人形は呪いか?それに、この笹はなんだ?」
つまみあげて照る照る坊主を見つめる泰明にあかねは微笑んだ。
「ふふ・・お願い事をかいて星にそなえるの。」
「なるほどな・・・神子の世界は面白いな。」
泰明はつるされた短冊を手に取り微笑する。
「あ!」
あかねがあわてて短冊を奪う。
「見ました?」
「いや、字が汚くて読めなかった・・・」
ぷぅっとふくれるあかね。
「酷い!これでも毎日練習して大分うまくなったのに!」
「まだまだ、精進が足らないようだな・・・・その短冊に字もうまくなるよう書いたらどうか?」
動じない泰明。
「もう!」
ぷっとあかねが吹きだす。
明るい笑い声が部屋に響いた。




---夕刻
「わぁ!星がいっぱい。」
天の河をみあげてあかねが歓声をあげる。
一条戻り橋。
「あれが牽牛。そしてあれが七夕津姫。」
泰明が夜空を指し示す。
「アルタイルとベガ・・・ね。」
「なんだ?それは・・・」
好奇心に顔を輝かす泰明。
「ん、もう、それはあとで説明します。」
「わかった。」
泰明はあかねの手をとると河原に降り立った。


懐からあの文を出すあかね。
「紫さん、言われた通りにするよ。」
囁くと泰明にうなずく。
泰明の指が文に触れた。
ぼっ
炎が燃えあがる。
あっというまに白い煙に姿を変える古びた文。
あかねと泰明の耳に紫の声が響いた。



「神子さま・・・ありがとうございます。
あの七夕の日たった一度だけ・・・あのかたに身を許しました・・・生涯ただ一度の・・・逢瀬でした。一年に一度でも逢える牽牛と織女がうらやましかった・・・・
けれど・・・・わたくしを慈しみ、大切にして下さった左大臣さまを裏切ってしまった・・・この罪の思いは消えませんでした。
なのに・・藤というかわいい姫を得ても・・・・・。わたくしの想いはあのかたに向いていた・・・だから・・・文を捨てることができなくて・・・毎年この日が来るたび苦しかった・・。

今日、この夜・・・・・わたくしはようやく楽になることができます。」


あかねの頬に涙が伝う。
泰明がぎゅっとあかねを抱き締めた。
灰はさっと水にとけ川に流れていく・・・・

---罪か・・・

川を見つめる泰明の横顔。

---人を想うことが罪だというのなら・・・
神の斎姫を得た私も・・・罪人だ。

       
「泰明さん・・・・人を想うことは罪なんかじゃないよね?せつなくて哀しいけど罪なんかじゃないよね・・・。」
あかねの潤んだ瞳が瞑目する泰明を見上げる。狩衣をつかむ手がかすかに震えていた。
「泰明さんに愛されて・・・私、幸せだよ。」
泰明の目が見開かれる。
「ああ・・・・神子。ああ。」
あかねを抱き締める手に力が入った。






橋の上から星を見上げる男が一人。
「・・・・ゆかり・・・・」
「やはり・・・来たね。」
背後からちかづく人影に振り向きもせず応えた。
「橘殿か・・・・」
「実高。久しぶりだな・・・」
「もう、随分昔の呼び名だな・・・・」
自嘲する男。
「・・・あのひとが逝ってもう、五年になるか・・・」
        
「ああ。そのとき、その名も捨てた。・・・いまは外道丸などというつまらない盗賊だ。」
そういうと、男はふらりと橋をあとにする・・・・

・・・・外道丸か・・・

友雅も男を見送りもせず再び星を見上げた。




「神子、そろそろ行くぞ。」
「うん。」
泰明があかねをひょいっと抱き上げる。
「な、何?泰明さんっ」
あわててぽかぽかと泰明の胸をたたくあかねに泰明は囁いた。
「おまえの星への願いをかなえねばならぬ。」
あかねの手が止まる。
「え・・・?ああ〜〜!!やっぱり見たんですね!!」
「ああ。」

まっすぐ泰明の足は晴明の邸にむかった。


 -----はやく泰明さんと一緒に暮らせますように・・・・あかね














 おわり
捧:ときのたまごさま 
イラスト 玉梓時子さま 
     


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