宿木




「それでね、その仔猫が床下から出なくなっちゃったんです。」
久しぶりにあえた喜びからか 少女はにこにこしながら他愛のない出来事をうれしそうに話す。
「そうか。」
答える恋人安倍泰明。
慣れない人の耳には 随分ぶっきらぼうで冷たいようにきこえるのかもしれないが
それは 少女にむけられた彼の瞳の中のやさしい光に気付かないからであった。
稀代の陰陽師 安倍晴明の最強の弟子と呼ばれる彼も 恋人の少女には滅法弱いのだ。少女の名はあかね。龍神の神子として京を破滅から救った異世界のひとであった。

あかねと泰明は心を通わせ 彼女はもといた世界に帰らず 京に残ることを選んだ。

今日は彼がそれこそ掌中の珠以上に愛しんでいる恋人のたっての願いでこの北山に遊びに来ていたのだった。


「あっあそこ、見てください。」
あかねが指をさした先は高い木の枝。
枝の一部にこんもりとボールのような形で葉が生い茂っている。
「ああ、宿木だな。」
泰明は何の気なしに答えた。
「あれが宿木ですか。」
「見るのははじめてか」
「はい、本当に生えているのは初めてです。」
あかねは 珍しそうに目を輝かせていたが なにかを思いついたような顔で微笑んだ。



                  ◇ ◇ ◇



泰明は その日師匠のいいつけで北山の天狗に会いに来ていた。
いつものようにからかわれ 閉口して(といっても表面上はいっこうに無表情であったが)話好きの天狗のもとからやっと開放されて 帰路につく。
泰明は先日の宿木の近くで 聞き慣れた声に足を止めた。

「頼久さん、大丈夫ですから」
「神子殿、危険です。私が登りますから、お下りになってください。」
心配げな頼久ををなだめながら あかねはするすると器用に木を登っていく。
宿木のところに行くと口に咥えていた小刀でめあてのものの根元を切った。
「下に落としますけど 地面につけないでくださいね。」
「は、この命にかえましても。」
「もう、大げさだなあ。落としたら他のを見つけますから 命をかけたりしないで下さい。」

(どういうことだ。神子はなぜ頼久と・・・。宿木が欲しければ なぜあの時私に言わないのだ?)

頼久は無事宿木を受けとめた。
「よかった。じゃ、おりますね〜。」

あかねがそろそろと足を下の枝にずらした途端 パキっと軽い音がして
枝が折れてしまった。

「きゃっ!!」
あかねが悲鳴をあげるより早く泰明は飛び出していた。


「神子殿!」
「急急如律令!!」
             
頼久が駆け寄る前にあかねの体は空中でいったん停止し、それからゆっくり下りてきた。
「泰明殿。」
いつにもまして冷たい泰明の美貌に頼久はひそかに背筋が凍る思いがする。

「神子、けがはないか?」
「や、泰明さん。どうして?」
「お師匠の使いで来た。無事ならいい。失礼する。」
「泰明さん・・・帰っちゃうの?」
「・・・・」
答えず 歩き出す泰明。不機嫌な泰明に思わず涙ぐむあかね。

「お待ち下さい、泰明殿。」
「何だ?」
あいかわらず絶対零度の冷たさで泰明が答える。
「それでは神子殿があまりに・・」
「わからぬ。なぜ神子は私ではなくおまえに頼み事をする。」
「そ、それは・・・」
あかねが口篭もる。

頼久は行く先をふさぐように泰明の前に立った。
「泰明殿。あなたはなにか誤解なさっておられます。
私は急用を思い出しましたから 申し訳在りませんがお先に失礼いたします。神子殿のことはお頼み申します。」
泰明の手に宿木を渡すと 「では」といって 山を下り始めた。
頼久にとって たとえすでに泰明の恋人となってもあかねとの外出は喜びであった。

今日のように胸痛む終わり方であっても。
頼久の望みはあかねの幸せ。
そしてあかねの幸せは 自分の手の中にはない。



              ◇ ◇ ◇



無言できまずそうに見詰め合う二人。
先に口を開いたのは泰明のほうだった。
「なぜだ?」
「え?」
「宿木がほしいならなぜ私に言わぬ?」
傷ついたような泰明の目をみて あかねは心をきめた。
(本当は完成してから話したかったんだけどな・・・)

「座りませんか・・・」
ちょうど木々の繋がりが切れて 見晴らしの良くなった場所をあかねは指差した。
そして自らが先に座る。
泰明も無言で腰を降ろした。あかねは泰明の手から宿木を大事そうに受け取った。

「このまえ ここで宿木を見つけた時 以前本で読んだお話を思い出したの。」
「話・・・?」
あかねは持っていた小刀で宿木の枝を落とし始めた。
「うん、私のもといた世界の異国での神話なんだけど・・・・


昔 神さまに末の息子が生まれました。
神さまはこの末息子を愛し けっして傷ついたりしないように願い
この世にあるすべてのものを集めて 末息子を決して傷つけないよう、
約定を結ばせ、その魔力を取り上げました。ですが、たったひとつだけ 宿木があまりに小さかったので不憫に思い、宿木にだけは約定を結ぶことを強要しませんでした。その結果・・・」

「宿木でその末息子は命を落とすのだな。」

「そう、神との約定を結ばなかった宿木は 土に根をおろすこともなく かわりに魔力をもっているの。その魔力ゆえ、強力な魔除けとも されているの。」

「魔除け…」

「泰明さんはお仕事がら魔に多く会うでしょ。もちろん、避けていたらお仕事にならないってわかっているけど。やっぱり心配だから。だから どうしても自分で取りたかったの。」

「これで小刀を造ってお守り代わりに持っていてもらおうって・・」

最後まで言い終わらないうちにあかねは泰明によって抱きしめられ唇を塞がれていた。
「すまぬ。神子。ゆるしてほしい。」
すまぬと何度もわびる泰明。後悔と自己嫌悪でいっぱいだった。
「愚かな私をゆるしてほ・・」

今度は泰明が口を塞がれる番であった。

「もう、謝らないで下さい。」
「しかし、神子を疑ったのだ。私より頼久のほうが好きなのではないかと」

「ん〜〜じゃ、次のお休みにどっかに連れていってください。そしてラブラブな1日をすごすの・・。それで帳消しにします。」

「らぶらぶ・・・わかった。では明日迎えに行く。用意して待っておけ。」

「え!お仕事は?」

「かまわない。お師匠に廻す。まだ大分貸しがあるからな。」

「ってお師匠さまと お仕事の貸し借りやってるの?」

「ほとんど一方的に貸している。だから問題ない。」

それから心配そうに付け加えた「それとも明日では迷惑だろうか。」

「そんなことな〜い!」
あかねは泰明の首にしがみついた。
いきおいで二人一緒に後ろに倒れてしまう。
見詰め合い、再び口付けをかわそうとしたとき・・・

「おい、人んちの庭先で何をやっておる。」

「きゃ〜〜〜」
真っ赤になって飛び起き汗をかくあかね。

「天狗・・・おまえは『ひと』ではないだろう・・・」
平然と答える泰明。

それから天狗につかまり、さんざん話を聞かされ、からかわれ・・・・
(しばらく、北山には来ないでおこう・・・)
泰明とあかねは固く 決心したということである。
むろん翌日は誰の邪魔も入らない「らぶらぶな1日」をすごしたことは言うまでもない。


2001・2・24     
     


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