おつきさまとやくそく


「ちょっ、十六夜、どうしたの?そんな早く歩けないよ」

「歩くのが遅い君が悪いんでしょ」

そう言いながらも少しだけ歩幅を小さくした十六夜に朔夜比女は潜めていた眉を弛めた。

「どこに行くの?」

「来ればわかる」

島の小高い丘を十六夜はどんどん登っていく。緩やかだった丘も登るに従って勾配がきつくなり、
朔の息が乱れる。

「いざよ・・・、ちょっとやすませ・・・て」

はあはあと息を弾ませる少女に少年はちらりと冷たい瞳を向けると、仕方ないなとばかりに溜息を吐いた。

俯いて息を整えながら、朔は恨めしく思う。

(も、いつも勝手なんだから)

まさしく自分の分身のはずなのに、十六夜の考えることは朔にはちっともわからない。

気侭な彼に振り回されてばかりだ。

大体、彼はいつも不機嫌だ。

島の住人達には、見た目がそっくりだと言われるが、絶対違うと声を大にして言いたかった。

多氣瑠に「姫は笑顔良しだな」といわれるくらい、朔は常ににこやかな少女であった。

島のみんなと仲が良いし、よその島にだってお友達がいる。

反対に十六夜は気が向かなければ家族にだって口を利かない。第一、埋火(うずみび)や多氣瑠のことを家族と思っているのかどうかも疑わしい。

そういえば、夕食の時から彼は少し苛々していたなと朔は思い出して眉を寄せた。

珍しく時計を何度か見ては食事を勧める埋火を素気無くあしらっていた様に見える。

もともと彼は食が細い。

いつもそれは嫌そうに出されたモノを口に入れる。それは機械的で、義務的だ。埋火が煩く言わなければ、平気で一食や二食いや、一日だって抜いてしまうに違いない。

大柄な多氣瑠に負けないくらい食欲旺盛な自分を少し恥ずかしいと朔夜比女は思った。

彼女にとって食は喜びである。

が、十六夜は『生』に対する執着が希薄なのだ。

「もういいでしょ。ほら、息だって普通になった」

え〜っとあからさまに異を唱える朔を無視すると十六夜は急かすように立ち上がった。

「十六夜ってば・・・冷たい」

「うるさい」

「だって、朔、もう歩けないもの」

「・・・・。」

また溜息だ、と朔は肩を落とした。

十六夜が溜息を吐くたびに居たたまれない気になる。

(やっぱり十六夜って朔のことキライなのかな・・・)

しゅんとうなだれた朔に、『仕方ない』というふうに十六夜が手を差し伸べた。

少女が瞠目する。

「へ?」

「早く。急いで登らないと間に合わない」

おずおずと伸ばされた朔の手をひっつかむと、十六夜は早足で坂を上り始めた。

何に間に合わないの?などという質問は無視である。

*

丘の上についた。

「何?何があるの?」

「・・・後を見れば?」

言われて振り返る朔の瞳に大きな月がゆっくりと登ってくるのが映った。

黄金色に輝く望の月。

「・・・・・わあ!」

喜色をあらわに声を上げた少女の顔が月明かりに照らされるのをそっと少年は見つめた。

微かにその口角が上がる。

「凄いっ凄いっ!、綺麗だね、十六夜!」

「いちいち声に出さなくたって見えてるよ」

少年がうんざりした声を出してみせても月の美しさに興奮している少女の心には突き刺さらないようだった。


*


―――帰り道

「そういえば、どうしてお夕食のとき、あんなに機嫌が悪かったの?」

「そんなのいつものことでしょ」

相変わらず朔は鈍い、と十六夜はちろりと振り返る。

「・・・そうだけど。そういえば十六夜っていつでもご飯を食べるとき、死んだほうがマシみたいな顔して食べるよね」

本当に死んだほうがマシなんだ・・・と十六夜は心の中で独りごちた。

彼にとって食事は毎度毎度苦行でしかなかった。

食事など彼が生きていくうえでたいして必要なことではない。味の善し悪しなどわからない。

食べなければ埋火が煩いし、朔が大きな瞳に涙を一杯溜めるから仕方なく口に運んでいるだけなのだ。

大体、あの多氣瑠のようにがつがつと食事をするヤツの気が知れないと十六夜は秀麗な眉を潜めた。

「そうだ。今度、一緒にお買い物に行こうよ。十六夜の好きなものを買えばいいんじゃない?」

嬉しそうにさもいい案を思いついたとばかりに得意げな朔を十六夜は冷たく睨みつけた。

「・・・ヤツと一緒に出かけるのは嫌だ」

朔のお出かけにはいつも多氣瑠が付き添う。

「・・・じゃ、二人でこっそり行かない?やどかり亭。あ、でも朔はパキケフーズにも行きたいな。近くの雑貨屋さんに寄りたいの」

たまにはムシクイたちを出し抜くのも楽しいとばかりに声を弾ませる朔。

「やれやれ」

帰りは、やみやみ堂によって、おまんじゅうを買って、オサナちゃんSと遊んで・・・と指を折る少女に少年はまた仕方ないというふうに苦笑する。

「で、いつ行くの?」

「え?」

「前もって決めておいてよね。僕だってヒマじゃないんだから」

「あ、そか・・・そうだよね・・・じゃ、明日はだめ・・かな?」

随分いきなりだね・・・と口に出しながらも少年はほくそ笑む。

「君の目的はダークヤグラまんじゅうだね」

彼女のお気に入りのおやつが一昨日から切れていることは把握していた。
今日のおやつのクッキーでは不満だったらしい。

ばれたかと少女がぺろりと舌を出す。

紅い・・・。

一瞬それに見とれた十六夜が悔しそうに瞳を眇め、ぷいと顔をそらした。

「十六夜?」

少年の頬が少し紅く染まっていることに気付くほど朔は敏感な少女ではない。

「・・・明日だね。わかった。くれぐれもヤツにはバレないように」

「う、うん、わかった」

また不機嫌になった少年の顔を見つめ、朔夜比女はこくりと従順に肯いた。

月が随分高く上がった。

まだ、手はつながれている。

往きよりずっと遅くなった彼の歩み。

朔はときどき月を振り返る。

「十六夜、月、綺麗だね」

「・・・・」

少年は応えず、ただ少女の手を引く力を強めた。



もどる