勿忘草
 02


森の若者達はチャカの言葉を聞き血気に逸った。
口々に今が代官を倒す好機なのだと興奮気味に言い立てた。

が、その力を頼りにされたレムオンは冷たく言い放つ。

「反乱か。あまりおすすめできんな」

「何を!?」

鼻白む若者達をぐっと威圧するように眼で制するとレムオンは無表情に続けた。

「ロストールという国は身分制度の厳しい国だ。反乱など成功しても失敗してもお前たちに生きる道はない。ヘタをすると村人は皆殺しだ。」

「どういうこと?」
若者達は戸惑い、チャカが蒼い顔で聞き返す。

「まず失敗したときのことを考えろ。ボルボラはおまえたちに報復する。代官としての経歴に傷がつくわけだから反乱の事実をもみ消そうとヤツも必死になるだろう。口封じされるのは確実だ。反対に成功した場合はどうだ?」

若者達をひとりひとり見回す。

「ロストールの領主エリエナイ公も黙って入られまい。自領で反乱が起きたとあっては、軍隊を出さざるを得まい。どれだけ代官が失政をおかしていようとな」

それはリオネルが読んでいた通りのことだった。
だからいざというとき弟を自分は守らねばならない。

「いずれ、代官の件は形がつく。反乱などはやめておくんだな」

冷静にノーブルの村が置かれた状況を説明するレムオンに呆気に取られていた若者たちの眼に次第に反発の光が灯る。

「いずれっていつだよ!もう待てない。時間がたてばボルボラはまたモンスターを買い付けるに違いない。そうなってからでは遅いんだ」

「あの怪物を倒した今でないとだめなんだ!」

「立ち上がろうって言ってくれ!リオネル。あんたの声ならみんな従う。村のヤツラだってきっと力を貸してくれる」

リオネルは整った眉を潜めた。

「落ち着いて。この人の言うことは嘘じゃない。私もずっとそう考えてた。村のみんなに危害が及ばないようにしなくては何もならない」

が、リオネルの言葉は逆効果だったようだ。

「みんな、行こう!俺達だけでもボルボラを倒してみせる!」

「チャカ!」

姉に背を向けてチャカとその同志たちは憤然と村へ向っていく。
完全に頭に血が上っているようだった。

「バカどもが。 大人しくしていれば、じきに俺がカタを付けたものを!あいつらだけではみすみす返り討ちだ。急いで止めに行くぞ!」

村へいそぎ戻ろうとしたレムオンは耳にした言葉に足を止める。
「失敗したなぁ」

「何?」

「あの子のまっすぐさを見誤った。私のミスだ」

「おまえは随分落ち着いているのだな。こんな騒ぎは初めてだろうに」

「落ち着いている?まさか」

バキッとそばの枝が折れる。

「踊らされてるヤツらと笛を吹いているヤツらに腹を立ててるだけ。急ごう」

リオネルは走り出した。蒼い髪がなびき風が起こるようだ。
その背中をレムオンは追った。


「村の人たちが動かないように私が止める。貴方は一足先に館に走ってください」
「承知した」

「それは困りますね」

村の入り口まであと少しと言うところで突然あの行商人が現れた。

「苦労して煽った暴動です。ぜひともおこって頂かないと」
フリントはにやりと笑った。
「それにもう遅いかと。ボルボラは死んでしまいましたよ」

「やはりあなたの仕業か。目的はこの村での反乱騒ぎ。違うか?」

「ふふ。やはりあなたはお利口ですね、リオネル。冒険者イシュの娘だけのことはある」

「娘!?、貴様、・・・女か」

「男だとは一度も言ってないけど」

レムオンはまざまざとリオネルを足の先から頭まで見回し、やおら、フリントに向き直り剣を構えた。

「今はそんなことはどうでもいい。貴様が王妃エリスの密使、フリントか。ボルボラを始末したのは貴様だな?」

「さぁてね?確かにボルボラは信用できない人物。いずれは切り捨てるべき駒でした。後戻りできない状況も必要でしたしね。リオネル、あなた抜きではいささか力不足のようでしたから少しお手伝いしてしまいました」

「ならば弟達はボルボラに手を下してはいないんだな」

「さぁそれは。あの方達は操縦しやすくて。おや、お腹立ちですか?無理もない。ですが、あなた方姉弟を利用しているのは私だけではありませんよ。あなたのお隣にいる男…彼こそ、この地の領主、エリエナイ公レムオン・リューガです。彼は自分の領地で反乱が起こり、その責任問題で失脚するのを恐れ、あなたを利用しているのですよ?」

「そんなことはわかっていたけど?」

「おや、そうですか。これはさすがの私も驚きました」

「な、何?貴様、俺の正体を知っていたのか」

「名乗るときは偽名くらい使えば?エリエナイ公。ここ一応貴方の領地なんだし。」

「・・・ぐっ」

「お話中まことにすみませんが、レムオン様。あなたの秘密についての密書、ボルボラより受け取っております。貴方は密書を取り戻さねば破滅。反乱にかまっている暇などないのでは?それはそうとリオネル、反乱が表沙汰になるのをおそれた長老に弟さんが捕まりましたよ。急いで助けに行かなければ、大変なことになりませんか?ふふ。お二方の目的が食い違ってきたようですな。さて、いかがなさいますかな?」

フリントはそういうと余裕の笑みでその場を後にしようと背を向けた。

「それでは、ごきげんよう」

「そうかな」「・・・・」

「なっ!?」

二人が同時に動き、フリントの背後を襲った。

叫び声を上げるまもなくフリントは崩れ落ちた。

「目的、食い違ってないと思うけど」
「貴様、かわいげのない女だな」
レムオンはフリントの身体を調べながらそう呟いた。

「ないな」

「あるわけないでしょ。このひと密偵なんだろうし。とっくに安全なところに渡ってるだろうね」

「だろうな。とすると次の手を考えねばならぬ」

「公爵」

「なんだ?」

「とりひきがしたい」

「とりひき?」

「私が王妃の密偵が村人をそそのかしていたと証言する。だから」

「弟と村人を助けろ・・・か」

レムオンは腕組みをしてしばし考えていたがやがて決心したようにリオネルを見据えた。

「俺の手駒になると約束するか」

「手駒・・・駒の種類によるけど」

「口の減らないヤツ。まぁいい。俺がこの村にきたのは 王妃エリスの密偵――フリントがこの地に反乱を起こそうとしていると知ったからだ。弟のエストもこの地に来ていた。弟が反乱騒ぎに巻き込まれるのもまずかった。フリントの手に渡った密書というのは、俺にとって致命的な秘密に関わるものだ。ファーロスの雌狐といわれるほどの王妃だ。間違いなく密書を盾に俺を追い詰めてくるだろう」

「ふうん。で、あなたの秘密って?」

「・・・俺の出生の秘密だ」

「わかった。まず、密書の内容を知ることが大切なんじゃない?それから対策を立てるべきだ。あなたはボルボラの館に行けば?あいつは小心だから密書の写しを隠しているかもしれない」

「おまえは?」

「長老のところへ行く。弟を助けなきゃ」

「ならば俺も行く。密書は後回しでいい。確かに密書は俺にとって致命的なものだが…すでに敵の手に渡っていることは想定せねばならぬ。だとすれば先におまえの弟を救っても遅くはあるまい」

「いいの?早くロストールにもどらないとまずいんじゃ・・?」

「いい。急ぐぞ」

「ヘンな男」
リオネルは小さくそう零すとレムオンの後に続いた。







レムオンの素早い処置で弟を救うことには成功した。
「ごめん、ねぇちゃん」
と項垂れるチャカの頭を小突くとリオネルはレムオンとともに村の最奥にあるリューガ家の館に引きずっていく。

レムオンの弟エストもすでにいて事後の処理に当たっていた。

「兄さん、これが」

「どこにあった?」

「ボルボラのベッドのマットレスの下に」

リオネルの予測どおりだ。小心者のボルボラは後々自分の安全を図るためにか、王妃への密書の写しを取っておいたのだ。

「・・・・これなら、なんとかなるな」

「うん」

「エスト、おまえはこの村に残り、あとの処理を頼む。反乱の事実はもみ消せ。ボルボラは事故死したことにしろ」
「わかった。兄さんは?」

「俺は至急ロルトールに戻る。俺がこの場にいたことを王妃に知られてはまずい。密偵は始末したが・・・」

ちらりとレムオンはリオネルとチャカに視線を送った。

関わりすぎるほどこの姉弟はリューガ家の秘密に関わってしまった。
反乱の証人でもあり、リオネルにいたっては出生の秘密まで知っている。

口を封じるのは簡単だった。が、レムオンはリオネルの整った理知的な容貌にかけてみるかという気になっていた。

「エスト、どうだろうか。あれでは?」

エストは兄の視線を追い、リオネルを見て微笑んだ。

「いいんじゃない?この子なら」

「だな。おい、貴様」

「何?」

「貴様には急ぎ王都についてきてもらう。どのみちこの村にはいられまい」

「わかった。弟も一緒でも?」

「無論。おまえたちの命は俺が保障しよう」

「・・・それだけじゃ足りないけど」

「何?」

「こういうのは持ちつ持たれつでしょ。私が貴方の妹、つまりあの密書に書かれている庶出の子供になる。性別も年齢も書いてないのだから不都合はない」

意を言い当てられ、レムオンは不機嫌に眉を潜めた。
(第一、密書の内容をいつ知ったのだ?この女は)

「不都合がない?大有りだ。ロストールとノーブルとは行程わずか二日。眼と鼻の先と言ってもいい。そんな村で生まれ育った女では素性はすぐに・・・」

たった今の今までそれを力で押し通すつもりでいたのだが。
(なんでこの女はここまで自信満々なんだ?)

「私は捨て子だ」

「何?」

「父さんが私を未開の森で拾ってくれたのが今から十七年前。そのことは村の誰もが知っている。つまり・・・」

「そうか、父上が預けた赤ん坊を君のお父さんが『拾った』といって育てていたことにすれば・・・」

「なるほど」

それは好都合だという言葉をレムオンは飲み込んだ。
これで賭けに勝つ確率がぐっと上がる。
この少女は相当頭が切れるようだ。

「で、おまえの条件は?」

「弟をいずれこの村に戻れるようにしてほしい。それからそれまではうちの畑を荒れないように誰かに管理させてほしい」

「容易いことだ」

「あとは、ことが落ち着いたら私は旅に出る。貴族の子女が冒険者になるのはまずいかもしれないけどこれは譲らないから」

「冒険者か」

不愉快そうに誰かを思い出すような目をしたレムオンだったがやがて「それもよかろう」と短く承諾した。

「じゃあ決まり。チャカ、私は父さんと母さんのお墓に詣でてくる。おまえは村を出る支度をしな?」







そういうとリオネルはリューガ家の兄弟を残し村の外を目指した。

「なかなか面白そうな子じゃない?」
エストは面白いおもちゃを見つけたように嬉しげだ。

「手綱を握るのが難しそうだが・・・あれぐらい変り種のほうが反っていいかもしれん。では、エスト後を頼む。俺はこれから雌狐と渡り合わねばならん」

「うん、任せて。片付き次第僕も家に戻るよ」

「ああ。くれぐれも気をつけろよ」

「兄さんこそ」

張りつめた糸のような兄を心配そうにエストは見つめた。








勿忘草の咲き零れる二つの墓。
リオネルはそっと墓標を撫でた。

「父さん、母さん、行ってきます。当分は戻れないかもしれないけど」

丘からは茶色い村の畑がよく見えた。

この畑が黄金色に染まる頃には弟を再びこの村に返そうと思う。

広い世界に何が待っているのかはわからないが、あの男、レムオン=リューガについていくのはとりあえず面白そうだ。




「まぁ飽きたら、旅に出ればすむことだしね」

そう呟くと少女は鮮やかに笑った。