Handsome girl
 

「今から王宮に出かける。共に来い」

「へぇ。いいわけ?男が女を訪ねるのに遠慮しなくて」

「ば、馬鹿者!」

兄の剣幕にくすりと妹が笑った。

「いいよ。お供するよ」

「ときに」

兄はおもむろに妹を見、そして嘆息した。

「おまえ、またその格好でいくつもりか」

「悪い?そんなみっともなくないと思うけど」

みっともないということはあるはずもない。セバスチャンが心をこめてリオネルのロストール滞在用に用意した衣服はどこの誰がみてもエリエナイ公の身内に相応しい立派なものだ。
白竜騎士にしてノーブル伯爵のリオネル=リューガはそれを上品かつ粋に着こなしているといってよい。

(これが男だったらの話だがな)

心の中でつっこんで兄はまた嘆息した。

リオネルは列記とした女だ。
いくら男名前であろうと、気性が男前であろうと。
宮廷にもちゃんと「妹」として紹介している。
男装して宮廷に出仕する貴婦人など前代未聞だ。
が、当初はともかく現在ではリオネルが冒険者であること、男装しているのを咎めるものなど誰一人いない。
そんなことをしようものならティアナ王女を筆頭に宮廷中の貴婦人はおろか侍女に到るまで敵に回すことになるのだ。



「まぁ良い。出かけるぞ」




「まぁ」

黄金の髪の光の姫は二人が訪なうと嬉しそうに顔を輝かせた。

「ごきげんよう!リオネルさま。・・・それにごきげんようレムオンさまも」

「これは冷たいお出迎えだ。俺は妹のつけたしか」

「あら、とんでもございませんわ。おいでくださってティアナはうれしゅうございます」

「どうだか」

「まぁ、またティアナを苛められるのですね?リオネルさま、貴方の兄上さまはいつもわたくしに意地悪なのです」

「ティアナ王女、兄は誰にでもこうなのです。お気になさいますな」

窓際のソファに腰掛け長い脚を組み替えるリオネルをティアナはうっとり眺めた。

本当にこの方は夢の貴公子だとティアナは思う。
すらりとのびた手足。爽やかな蒼みがかったさらさらの髪。宝石のような碧い瞳。それらが形作る上品で少しクールな表情。そのくせ時折見せる人懐っこい笑顔は殺人的だ。

この美しい貴公子が自分と同じ女性だなんて未だに信じられない。

幼馴染であるレムオンが妹だといって突然宮廷に彼女を連れてきたのは一年前のことだ。




あの日は母である王妃に自分の部屋から出てはならぬと申し渡されティアナなりに幼馴染の身を案じていた。自分の中に流れるファーロスの血とその血に敵対する王家の血筋に困惑し、母と幼馴染の不仲を一番嘆いているのはこの姫だったのである。
母は七竜家筆頭のファーロス家の出身であり、その力添えを得て父は兄王の遺児を退け王に納まった。ティアナの従姉にあたるその姫は、その不幸の最中光を失いこの宮廷の中で忘れ去られるようにひっそりと生きている。
それは気の毒に思うけれど一歩間違えば従姉姫の境遇は即自分の境遇となるのだ。そのことは物心つくときから宮廷で育ってきたティアナが肌で知っていることだった。


無気力な父国王に代わりいつも陣頭に立って国政を仕切ってきた母。
母エリスは頭の先から爪の先までファーロスの人間だ。
美しく策謀に長けた母のことを人は『ファーロスの雌狐』と影で悪し様に呼び、恐れ警戒している。ことにファーロス家の勢力の拡大を憎む貴族達は。
そしてティアナが兄とも慕う幼馴染の男はその急先鋒だ。

母の考えることはくティアナには測りかねるところがある。
が、母がなんとしてもリューガ家を筆頭とする貴族達の勢力をそごうとしていることだけはわかった。貴族の多くは形骸化した官職に汲々とし、レムオン=リューガがいなければそれは随分簡単なことであっただろう。
レムオンだけが母にとって眼の上の瘤なのだ。
それゆえ幼馴染の身に破滅が近づいてきているのではとティアナは案じていた。


悶々と過ごすティアナのもとに侍女の一人が飛び込んでくる。
あらかじめ何か事が起こったら知らせるようにこの侍女には言い含めてあった。

「ティアナさま!」

「どうかして?謁見の間で何かありましたの?」

「それが、エリエナイ公が突然妹君をお連れになって」

「妹・・・君?」

そんな話は聞いたことがない。
リューガ家の兄弟とは幼い頃から親交がある。が、一度として妹がいるなどと言う話は・・・。

「それが、なんでも先代様の隠し子だそうで、母御の身分が低いためにノーブルの村に預けられて育てられた由」

「ノーブルですって?たしかあそこにはリューガ家の別邸がありましたわね」

「はい。ですが、妹君はその別邸でお育ちになったわけではないらしいのです。農家に預けられてお育ちになったらしいですわ」

「まあ。おいくつなの?」

「たしか御年十七歳におなりで、その場にいたものの話ではお背が高く兄上様エリエナイ公にどことなく似ておられるそうです」

「では美しい方ですのね」

「はぁ。ですが、その」

「なにかしら?」

「男のなりをなさって、お言葉遣いも男性のよう。しかも冒険者でもあらせられるとか」

「まぁ・・・冒険者ですって?」

貴族で冒険者と言うのはティアナにも心当たりがある。
何を隠そうティアナの婚約者で母の甥でもあるゼネテスはファーロス家の御曹司でありながら腕の立つ冒険者であり宮廷には滅多に寄り付かない。
しかし王家に連なるリューガ家の令嬢が冒険者とは。よくあの気難しい幼馴染が許したものだ。

「で、お母様はなんと?」

「ファーロス大公閣下はご不満のようでしたが、王妃様はエリエナイ公のお言葉をお認めになり陛下にお口添えをなさったとか。前代未聞のことですが女の身でノーブル伯と白竜騎士の称号をお受けになりました」

それは破格の扱いだ。ティアナは母の思惑を頭の中で探る。

ひとつはレムオンに貸しを作るため。もうひとつはリューガ家を厚遇することによって貴族達の嫉妬心を煽り、反ファーロス陣営の結束を乱すのが目的に違いない。
鼻息荒く登城したのを知っていただけに伯父は随分落胆したのだろうと内心愉しく思う。
ティアナは血の繋がった伯父、ノヴィン=ファーロスがあまり好きではなかった。
その子息ゼネテスのこととなると自分でもよくわからないのだが。
ゼネテスは従兄でありティアナ=リューの婚約者でもあった。

「で、その方お名前はなんとおっしゃって?」

「リオネルさま。ノーブル伯、リオネル=リューガさまですわ」

「リオネルさま?本当に男の方のお名前なのね?もう退出なさったのかしら?」

「はい、御兄上様ともどもすでにお帰りになりました」

ティアナはそれではレムオンはとにもかくにも母の罠を逃れたのだと胸をなでおろした。
そして新しく宮廷に現れたレムオンの妹に興味を抱いた。







興味を抱いたのはティアナだけではない。
ロストール中の貴族たち、耳の早い噂好きの市民たちの耳目が一斉にリューガ家に集中した。
が、元来無表情を装うことが得意な当主をはじめとし、時折戻ってくる微笑を絶やさない弟君も邸に仕える使用人までが一致団結して、リオネルがリューガ家の一員であることは既成の事実として振舞った。領主の隠し子が領地の片田舎で他家の娘として密に育てられるという事例はまったく皆無と言うわけではない。
その妾腹の妹を救い上げたレムオンには寛大かつ慈愛に満ちた兄という評価がなされた。
エリス王妃との駆け引きの結果、政治的な譲歩を強制されるだろうが、エリスのほうでもレムオンを追い落とせなかったわけだからお互い痛みわけというところか。

リオネルは兄が宮中で公表したとおり冒険者としてロストールを中心に活躍をし始め、各地で仲間を増やし、ギルドで少しずつ名を上げていった。
また、彼女は積極的に宮廷にも溶け込んでいった。
最初は彼女を鄙育ちであることや妾腹などと侮っていた貴族達もその完璧ともいえる立ち居振る舞いと、凛々しく美しい姿に悪し様に言う言葉を無くした。

「まったく、どこであんな所作を身につけたのやら」
感心すると共になかなか油断のならない義妹だと初めはレムオンは警戒した。
が、成り行きで妹に引きずり込んだ不可解な女はよく邸に立ち寄ったし、あっというまに使用人たちの心を掴んでしまった。
それは宮廷の人々、市井の人々も同様である。
ことさら愛想がよいわけでもなく豊満でもなく妖艶さにかける彼女を『美女』ともレムオンは思わない。中性的な美しさは確かにあるのだろうが・・・。
がこの妹にはどうやら人を惹きつける力と言うものが生来備わっているらしい。


無表情でいるときの冷たい美しい顔はどこか雰囲気がレムオンに似たところがあり、彼女がレムオンの異母妹であることを人々は妙に納得していた。
また似てない箇所を発見されたとしても『母が違うのだから』という一言で疑念は晴れた。
レディーキラーぶりも兄を凌ごうかとという勢いで(兄は自らも言うとおり女性関係はいたってご清潔なのであるが周囲が勝手に騒いでいた)、自覚があるのかないのか時折見せる愛嬌のある笑みといったら麗しい男性に免疫のあるはずの令嬢たちが行く人も卒倒したほどである。

すらりとした肢体を白竜騎士の鎧に身を包み宮廷の儀式に現れたときなど立ち並ぶ貴婦人方からも一斉にため息が洩れる。

また、舞踏会では自然兄レムオンとともにいるリオネルの周囲には人垣が出来、その中で彼女自身、充分楽しんでいるようだった。

「リオネルさま、リオネルさまはノーブルでどんなふうにお育ちだったんですの?」
髪の毛を美しくカールし、華やかな髪飾りをつけた令嬢が頬を染めて話しかける。

「普通ですよ?いや、貴女が想像もつかない下々の暮らしと言う意味ですが。畑を耕し、釣りをし夜は書に親しむ・・・ノーブルは牧歌的でとても良いところですから」

「そうなんですの。素敵ですわね。田舎暮らしも」

「ええ。捨てたものではないですよ。もっとも(ここでリオネルは令嬢の手に口付ける)田舎暮らしでは貴女のような美しい姫君には会えるべくもありませんが」

きゃーという悲鳴が上がり、口付けを受けた令嬢は真っ赤になって卒倒した。

(やりすぎだ)
と兄は思う。じきにロストール中の大貴族の家で田舎暮らしごっこが流行るに違いない。

「リオネル。そなたは女なのだぞ。少しは」

『自重しろ』と言う言葉を遮るように妹は徒っぽく兄を見上げる。
「兄上、曲が始まりましたよ。踊られないのですか?」

「ごまかすな」

「では兄上のお望みどおり女らしくいたしましょう。私とダンスを」

「な!?」

リオネルは嫌がる兄の手を取りひっぱる。
美しい兄と妹(一見すると兄と弟)が立ち上がると周囲にどよめきがおこる。
なにやら倒錯めいた匂いすらして令嬢たちは期待感に顔を赤らめるのだった。

「どういうつもりだ」

「過剰だった?」

「おまえには、・・・かなわん」

「次、ティアナ王女を誘ったら?」

「馬鹿な。ティアナには婚約者が」

「来てないじゃん。どこにも」

「来てなくても、だ」

「弱虫」

「なんだと」

「臆病者」

「貴様」

踊りながら囁きあう美しい兄と妹(くどいようだが一見、兄と弟)に周囲からため息がこぼれた。当人達は兄弟(妹)げんかをしているのだがそれは周りにはわからない。

「すっかりリューガの坊や達に人気を攫われたようだな」

エリス王妃も苦笑いだ。

「リオネル様は先日ある貴婦人を侮辱した貴族に手袋を投げつけられたそうですわ」

「ほう」

「相手はフォルリ家のダイロン卿」

「で、どうなった」

「あっという間に勝負がついたとか。宮廷中の噂です」

「フォルリ家がよく黙っていたものだ」

「女性に負けたとあっては家門の名折れ。公には出来ないのでしょう」

ファーロス家とは姻戚関係にある名家の失態をティアナは冷たく母に報告した。

「あの方をお咎めなさいませんように。あの方はただ女性にお優しいだけなのです」

「随分肩入れするものだ。ティアナ。あれはリューガ家の姫、そなたの敵ぞ」

「わたくしの血の半分はリュー家のもの。あの方達と同じですわ。そうではないのですか?お母様?」

ずっと以前からティアナの胸に芽生えていた疑惑。
それを言葉の裏に棘としてちらつかせて母を見上げる娘に気づかないのかフリなのか母は肩を竦めた。
「おやおや、あの娘はわが娘すら篭絡してしまったか」

「お母様!」

「良い。懇意にして損はあるまい。あの兄とともにな」

エリスは踊る兄と妹に楽しげな顔でもう一度視線を送ると踵を反し王妃の座に戻った。
傍らの夫になにかにこやかに話しかけている。
相変わらず無気力な父王は妻に相槌は打ってはいたが心ここにあらずで、すぐにでも居室に戻ってしまいたいかのようだった。
両親の様子を見るにつけティアナの心は滅入ってくる。

「わたくしは、本当に・・・」
皆まで呟くことは許されない。そう思い返すとティアナは視線を部屋の中央に戻した。

リオネルとレムオンの舞踏は済み、それぞれが数多の令嬢の中心にいる。

「リオネル様、あなたなら解ってくださるかしら・・・わたくしの気持ちを」

母に言われるまでも無くティアナはリオネルと個人的に親しくなっている。
リオネルはどこからか秘密通路の鍵まで手に入れてクローゼットから突然現れティアナを楽しませてくれるのだ。

そしてこうして兄レムオンとともに訪ねてもくれる。
宮廷の華ともいえる(兄のほうはいたって冷徹だが)リューガ家の兄妹が伺候してくれるのはティアナにとって最上の喜びだった。

「お茶のおかわりはいかがです?レムオンさま」

「いただこう」

「エストさまは最近お戻りになりました?」

お茶のお代わりを差し出しながらティアナは幼馴染に尋ねる。

「なかなか寄り付かん。あれにも困ったものだ」

「リューガ家のご兄弟は型にはまらぬ方が多うございますわね」
くすりとティアナが笑い声を零す。
レムオンが何かを押し殺すような複雑な顔をした。

「エスト兄上は尊敬できる学者ですよ。ティアナ」

ゆったりくつろいでいたリオネルが茶碗を返しながらそう言った。
本人に懇願されて私室ではリオネルはティアナのことを呼び捨てするようになっていた。

「先日もロセンの近くでお会いしましたが」
これは兄に向けた言葉だ。

「そんなところまで足を伸ばしているのか、あいつは」

「ええ、ロセンの近くに地下墓地があって。魔物がうようよいるのであまりお勧め出来る場所ではありませんが、兄上の研究には必要なようです」

「まぁ魔物ですって」

「昨今は魔物の力が強まってきているようです」

「各街道では以前では見られなかった強力な魔物が出没し物流がままならぬと聞いたがそんなに酷いのか?」

「ええ。まぁ」

「帝国の様子は」

「当分皇帝の勢いは止まらないと思います」
ネメアはネメアの信条の上で起こした侵略の戦だ。
ロセンを陥落させ、次はリベルダムあたりが狙いだと言うのが兄妹の共通した見立てだった。
リベルダムは独立した都市国家だが、エリス王妃が裏から手を回したおかげで政治バランス上はロストールの皿の上にある。

「迷惑千万な」
「が、そうもいっていられません」
「むぅ」

苦い顔のレムオンと真面目に話すリオネルを見てティアナは、手近な話題がないかと考えをめぐらす。。
国際情勢や難しい政治の話にはあまり興味がないし、興味を持ったところであの母が何もさせてくれるわけがない。
お気に入りのリューガの兄妹とのお茶の時間はもっと楽しく過ごしたい。

「そういえば、先日タルテュバさまとなにかあったらしゅうございますわね?リオネルさま」

「またか」
レムオンは心底嫌そうな顔で妹を睨む。が、リオネルはどこ吹く風だ。

「おや、お耳が早いですね。ティアナ。深窓でお暮らしなのに」

「あなたのお噂は特別よ。あっという間に宮中に広まるのです」

「参ったな。従兄弟殿が瀕死の子供と母親に無体な事をしていたので少し反省してもらったのです」

「…殺しはしなかったろうな。そんな届けも出てはおらんが」

「兄上がお困りになるようなことはしませんよ。ほんの一発。あの従兄殿にもこまったものです」

「まったく。あれのことは俺にまかせておけと言っているのに」

「ええ。さすがに兄上の申し渡されたとおりスラムには最近現れないようですね。それに、あれでは当分は身動きも適いますまい」

「まぁお気の毒」

「そのお言葉を聴けば我が従兄弟殿はさぞ喜ぶだろう」

「まぁ、いや。レムオンさま。間違ってもタルテュバさまにティアナが心配していたなどとは仰らないでくださいね」

『それでなくともしつこくて困っているのですから』という言葉は王女のたしなみとしてかろうじて飲み込む。

「無論。婚約者殿に憚りもあろうしな」

「まぁ、いや。楽しい時間をあの方の話で台無しになさらないで」

「ティアナはゼネテスがおきらいですか」

「きらいです。あんな粗野で無作法な方。ティアナは婚約者として認めません」

「それはファーロス卿にはお気の毒な。では他にどなたか意中の方でも・・・」
態と兄を見ながらリオネルはずばり核心を突く。

「リオネル、失礼が過ぎるぞ」

「おわかりのくせに。リオネルさま。わたくしはあなた方とご一緒するときが一番愉しいのですわ」

「それは有難き極み。しかし、楽しい時間はすぐに過ぐるもの。そろそろ失礼するとしよう」
兄の言葉にリオネルも腰を上げる。

「まぁ、もうお帰りですの?リオネルさま、今度は前もってお知らせくださいませ。ドレスをご用意してお待ちしておりますわ」

「ありがとう。また参りますよ。ドレスは勘弁願いたいものですが」

「まあ」

ティアナは上機嫌に二人を送り出す。リューガ家の兄妹とこんなふうに軽口を交わせるのは宮廷でも自分だけだという思いが彼女を上機嫌にさせているのだ。

「本当にお待ちしておりますわ。お二方とも」








「ティアナはすっかりお前に夢中だな。リオネル」
ティアナの部屋を辞して執務室として与えられている部屋に入るとすぐ兄は口を開いた。
となりはリューガ家専用の控えの間だ。

「まさか。私が女であることは王女も承知してるはずだけど」

「貴様・・・この前俺が言ったことを気にしているのではあるまいな?」
前回、リオネルがロストールに戻ってきた際も兄は彼女を伴いティアナを訪れた。その帰り、ゼネテスに嫉妬をしてついつい本心をもらしてしまったのだ。
『俺はティアナが好きだった』と。
妹は『ふうん』と興味もなさそうな相槌を打っただけだった。

「何のこと?」
薮蛇になってはと兄は話題を替えることにした。

「貴様はアトレイア王女とも親しいそうだな」

「ああ、ま、そうだね。」

「どういうつもりだ。何を狙っている」

「じゃ、聞くけど兄上はどう思ってるわけ?貴方が政権を取るとしてその上に戴く女王としてはどっちが望ましい?」

「・・・・何を・・・?」

「幼馴染だけどファーロスの血が入っているティアナ?正統なリュー家の直系であるアトレイア?」

「アトレイアは幼い頃に視力をなくし、以来、部屋に篭っている。宮廷のこともましてや政治のことなど何もわかるまい」

「彼女は目が見えるよ」

「何?」

「仕事で頼まれて邪眼の迷宮から闇の神器を取ってきた。その力で今は視力を取り戻してる。これってトップシークレットでしょ?」

「本当なのか」

「うん。王妃もティアナも気づいていないはずだ。アトレイアも少しずつ前向きになってきてるとこ。文字も必死に覚えようとしてて、それを私が時々手伝っているというわけ」

反ファーロスの急先鋒であるレムオンの旗印としてはファーロスの血を引く王女よりも先王の遺児であるアトレイアのほうが相応しい。
また、血筋的にも彼女のほうが正統だ。現在は後ろ盾がないに等しいが、ティアナに続く王位継承者であり、リューガ家が力を貸せば貴族たちを納得させる可能性もある。
だが、アトレイアの立場が浮上するということはすなわちティアナが沈むということである。幼馴染でもあり、初恋の人でもある光の少女のたおやかな姿がレムオンの胸に去来した。

「それとも兄上自身が王位に着く?兄上は王位継承権、第三位だったね」
リューガ家はリュー家の分家筋であり、レムオンの父とアトレイアの父、ティアナの父は兄弟だ。

「貴様」

「他にはティアナやアトレイアを即位させて兄上は女王の夫になるという手もあるわけだ。」

「俺は王位など望んでいるわけじゃない」

「ふうん」

「それに、例え俺がこの国を手中にするとしても小娘の権力など当てにはせん」

にやりとリオネルが笑う。

「兄上がまともな判断力の持ち主でありがたいね。いまの世界の状況じゃロストールという国自体風前の灯。王位に固執する意味があまりない」
だから・・とリオネルは続けた。
「国をまとめる必要がある。ネメアの意を汲む宰相やその配下四将軍の電光石火の進軍に、いまのロストールの合議制では追いつかない」

「あの女狐めもその狙いでファーロスに権力を集中させんとしているのだろう」

「だとすると兄上は粛清の第一歩じゃない?」

「事も無げに言ってくれる。ところで貴様の話を聞いているとアトレイア贔屓に聞こえるがティアナをよく思っていないのか」

「まさか。二人ともとってもかわいい子じゃない。ただ・・・」

「なんだ?」

「いーや。なんでも。そうだね、幾分アトレイアに同情しているのかもしれない。あの子は否応無く暗闇に生きてきた子だから」

嘘をつけとレムオンは苦笑した。
「・・・付き合う分に文句はいわんが、自重はしろ。エリスを刺激することになる」

「わかってる」

「貴様のことだ。抜かりはあるまいが。抜かりないといえば」

「なに?」

「貴様、ディンガルの宰相とは顔なじみか」

「ベルゼーヴァ・ベルラインのこと?ついでにいうなら玄武将軍、青龍将軍とも知り合いだけど」

「どんな男だ?帝国宰相は」

「気になる?まぁそうだね。若くしてあの国を実質上支えてるわけだから、まぁ面白いヤツだよ。もっとも『革新』『革新』ってちょっと煩いのが玉に瑕だけれど」

「切れる男だということは聞いている」

「人間離れしてるよね。髪型もだけど」

「奇妙なことを」
意味が解らないのかレムオンの眉間にしわが寄る。
「まぁ会えば解るんだよね。形容しがたいんだ。ヤツの変わり者具合は。…そういえば兄上と同じ両刀使いだよ。持ってる剣もデルガドが鍛えたって言うアレだし」

「なに?」

「鍛えた本人がそういうんだから間違いないでしょ。バトルブレード二振り。名工デルガドの最高傑作のうちの一対。あなたのそれとお揃いってわけ。」

レムオンの腰の剣に視線を送るリオネルはそれだけは羨ましそうだ。

「デルガドに剣を鍛えてくれって口説いてるんだけど中々ね。兄上、それ、私にくれる気はない?」

「断る」

「だろうね。まぁもらってもまだ両刀を使えないから持ち腐れなんだけど」

「まだ?習得する気でもあるのか?俺は教える時間はないぞ」

「ご心配なく。師匠は他で見つける。知ってる?この大陸には兄上のほかに二人両刀使いがいるんだって」

「敵国の宰相に教わるつもりか?貴様」
といったところでこの娘に敵だから味方だからなどの縛りが効くなどとはレムオンも思ってはいない。
が、あえてそういうのはリューガ家の一員として共にあってほしいという当人も自覚しない願いからか。成り行きで得た妹は一年の間にいつしか彼の意識から切り離せない存在となっている。
邸にいる日数より留守にしている日々のほうが遥かに多いにもかかわらず。
そして彼女にそんな感慨を抱くのは決して自分だけではあるまい。
リオネルの旅の仲間も。旅先で関わりあうことになった人間も。
その中には敵国の宰相や幼馴染ではあるが仇敵であるファーロスのドラ息子も含まれるのかと思うとはなはだ面白くないのだが。

「さあね、ま、とにかく王妃様の動きも気になるところだし、遺言書くならそのバトルブレードだけは私に相続させるって書いておいてよ。あとは要らないから」

「馬鹿か、貴様は。ブレード目当てで俺の傍にいるのか?・・・絶対やらんからな」

そういうと兄は『まだ書類の決裁が残っている、先に屋敷に戻っていろ』と手を振った。相変わらずこの妹との会話は疲れるのだ。
(人の気も知らないで)

リオネルにしてみれば当のレムオン本人も自覚のないものを知りようもないと文句のひとつも言いたいところだが。

「わかった。じゃあ、先に戻っていよう」

「今日はそれほど遅くはならない」

「セバスチャンに伝えておく」

「ああ」

ドアをパタンとしめたあとまるで透けて見えるようにリオネルはじっとドアの向こうを見つめる。

「いつも、いつまでこの街にいるか聞かないんだよな、あのひと。」

まるで『いる』ことが当たり前のように帰るたびにきちんと用意されている自分の部屋。

便宜上、執事であるセバスチャンにはあらかじめ大まかな滞在期間を聞かれるから、彼から耳に入っているのかもしれないが。
兄はお世辞にも『いつまで滞在できる?』など物欲しそうなことは聞いてこない性格だ。

食事は美味しいし、もう少しいようかと思ったけど、そろそろ情報収集も兼ねてリベルダムあたりに行くか?と思案しながらリオネルの足は王城を出て緩やかな坂を下った左手にあるリューガ邸に向う。


「おかえりなさいませ、リオネルさま」

「ああ、ただいま。セバスチャンはいるかな?」

「はい、いらっしゃいますが」

「だったら伝えてくれる?このまま旅に出るからって」

「お寄りになられないのですか?」

「また直に帰ってくるって伝えておいて」

「かしこまりました。でもよほどお急ぎの御用なのですね」
門兵はあからさまに残念そうな顔をした。
この風変わりな令嬢が邸にいる間はなぜか使用人たちにも笑顔が絶えず、執事も邸の主もことのほか機嫌が良いのだ(もっとも主はまったく顔には出さないのだったが幾年も仕えている使用人達にはバレバレである)

「うん。まあね。あ、そうそう、兄上が今日は早く戻ると仰っていたのも伝えておいて」

「了解しました」

「じゃあね」

「リオネルさま!」

「ん?」

きちんと聞いておかないとあとでセバスチャンから叱責を受けそうな気がして門番は慌てて令嬢を呼び止めた。
「行き先はどちらで?」


「そうだね、リベルダムかな」

闘技場のチャンピオン、レーグはダブルブレードの使い手だ。
彼とは一度闘技場で闘い破ったことがあった。
教わるのならまずもう一度相手を凌駕してからだとリオネルは微笑んだ。
あの男はきっとあの場所に現れる。

ディンガルの動きを探るのもいい。
そして通商の街リベルダムには様々な情報が逸早く伝わってくるのだ。
たぶんあの兄がいなければ自分の性格上、ロストールのためになにかしようなどとは思わないに違いなのだけれど。


「ではお気をつけていってらっしゃいませ。お戻りを首を長くしてお待ちしております」

「うん。ありがとう。君もしっかり邸を守ってね」

「はっ」

敬礼する門兵に軽く手を振るとリオネルは軽やかに貴族街の石畳を駆け下りた。

千年樹広場に入ると宿のある繁華街までずっと見晴らし開けている。

宿では仲間たちが彼女を待ちかねているはずだ。
フェティ、デルガド、ユーリス。
旅に出るというと大喜びするに違いない。(ってかフェティには絶対待たせた文句の一つか二つは言われるには違いないがそれも喜びの裏返しなのだ)

邸に帰ってきた兄はきっと怒るに違いないだろうけれど。


千年樹を見上げ、
「次に帰るときの土産話はダブルブレードスキルの奪取だ。兄上」
そう独りごちるとリオネルは広場を後にした。