Walkure
 01


夕陽が連れの男の背中を赤く染め上げる。
歩を弛めず、先を行く男を追いながら、このまま夜を通して歩くのかと少女は小さく息を吐いた。
まだ旅には慣れていない。
冒険者としての生活にも。

ギルドで請け負った小さな仕事のためにノーブルという小さな村を訪れたのは二日前。
小さな田舎の村は排他的なのか余所者に冷たい態度を取る人が多かった。
それは何かを恐れているような様子だ。

鄙びた宿で一夜を明かし、朝、少し来た道を引き返してこの国の王都に向うことを決めたのは自分だった。
配達の途中なので行きは素通りしてしまったのだが、立派な城壁からして大きな都市らしかった。あの都ならば色々な人々から噂話が聞けるかもしれない。少女はそう考えていた。

ノーブルから王都ロストールまでは二日の道のりだった。
が、夜を徹して歩けば朝方にはつくかもしれない。

よし、頑張ろうと少女は自分で納得して小さく頷いた。

と、ふいに前を歩いていた男の足が止まる。
「セ、セラ、どうしたの?」

「この辺りで野宿する」

「え?夜通し歩くんじゃなかったの?」

「バカか、おまえは。夜の街道は盗賊、魑魅魍魎が徘徊する。わざわざ自ら危険に飛び込むことはない」

「そ、そうだよね。ごめん」

彼が選んだ場所は街道から少し離れた茂みのなかの小さな平地。
ここならば数歩走れば森に隠れることも可能な距離だ。
もっとも森も少し入れば魔物が徘徊しているわけだが。

「あまり森には近づくな」
それだけ言い置くと『セラ』と少女が呼んだ男は皮袋を持って立ち上がり自らは森に入っていく。
泉があるのだろうと少女は黙ってその背中を見送り、やがて足元の枯れ枝を拾った。
セラが戻ってくる前に薪となる枝や枯れ草を集めようというのだ。

集めた枯れ枝を地面に置くと小さな声で呪文を詠唱して火を起こす。
最近覚えた魔法だ。
といってもまだ少女が扱えるのはロースペルという低級魔法。
火をおこすのが関の山だ。

パチパチと勢いよく燃え出した火に満足げにうんうんと頷くと、少女は昨日ノーブル村で調達した水気の少ない固いパンと、チーズを袋から出す。
チーズを枝に刺すと地面に刺し、火で焙る。
なかなか火からの距離を測るのが難しい。
これも旅を始めて覚えたことのひとつだ。
故郷の村では少女はほとんど料理に携わることはなかったから。

「昨日はノーブルの宿でシチューにありついたけど、今日はパンとチーズで我慢ね。だけど私、チーズ好きだし、焙るとおいしいし」

もうすぐチーズもとろりと溶けるだろうと思われたとき、なにやら少しはなれた街道で人の声がしたような気がした。

「なんだろ」

耳を澄ますとギャッと獣のような声がしたと同時にキィンという剣を交える音も聞こえる。

誰か旅人が襲われている!

そう判断した瞬間躊躇もなく少女は傍にあった土を火にかけ、傍らの剣を持って飛び出した。







一人の長身の男が五人の盗賊らしい男たちに囲まれていた。
身なりからして富裕層に属する男らしかった。もしかしたら貴族かもしれない。
ここはロストールとは程近い場所だし、ロストールは貴族制で有力貴族が中心の政治体制を布いているとセラが寡黙な中にも教えてくれたから。

そして男の近くに倒れているのはロストールの竜騎士が騎乗するという竜だ。
竜といってもこの世を統べるあの竜王などではなく大型の爬虫類にすぎない。便宜上一般的に『騎竜』と呼ばれている。
最近ではめっきり数が少なくなり所有している騎士もあまりいないのが現状だと聞いた。
先ほどのギャッという雄たけびは切りつけられたこの竜の断末魔だったらしい。

「助力いたします!」
チャっと剣を構えて男に駆け寄ると、男は盗賊の剣を受け止めながら、少女に流し目をくれた。
一瞬にしてその品定めは終わったのだろう。

「いらん。返って足手まといだ」
すげなくそう断った。

が、少女は怯まない。
男から見てお粗末ともいえる太刀筋。
華奢な少女の身では盗賊が振り下ろす剣を受け止めるだけで見るからに精一杯だ。

(冒険者か?ちっ面倒な)

目の前の敵に気を取られて背後を取られていることにも気づかない未熟な冒険者に舌打しながらも男は少女を狙う男を鮮やかに斬る。

「・・・すごい・・・両手剣、初めて」

暢気に男の闘い様に目を丸くする少女に男は醒めた口調で言い放った。

「だから、必要ないといった」

「大丈夫です!」

何が大丈夫なのか!と男が声を荒げる前に少女は元気よく盗賊を薙ぎ払った。

「ほう」

「ね?」

「が」

「が?」

怪訝な顔で振り返った少女をしぶとく突け狙う盗賊を男のダブルブレードが両断にした。

「詰めが甘い!」

盗賊と思われる男たちは一掃され、あたりに血の匂いこそすれ静寂がもどった。

「・・・ありがとうございます」

済んでのところで首を掻き斬られるところを助けるはずだった男に救われたのだ(しかも二回も)
少女は恥ずかしく思ったのか頬を染めて素直に礼を述べた。

「素直だな」

二本の剣をそれぞれ両脇の鞘に納め、男は改めて少女を見下ろす。
どうやら大したケガは負わなかったらしい。
不思議と動いているときはそうは思わなかったが、小柄な少女だ。
蜂蜜色の髪に縁取られた顔はまだあどけないといっても差し支えない。

「冒険者・・か?」

「はい。といってもまだ駆けだしですけど」

「そんな腕で良く旅を続けていられるものだ」

「いえ、これがまた大丈夫なんですよ。私、結構逞しいし、それに仲間がとても腕が・・・あっ!しまった!忘れてた!」

かしましい娘だと男は眉を潜める。

「セラ怒ってるだろうな。早く戻らないと!」
あたふたと剣を細腰に巻いたベルトに挿した粗末な鞘にに納めると少女は男の腕を取った。

「あなたも一緒にどうぞ。もうすっかり日が暮れちゃったし、それにあなたの竜はほら、もう・・・」

かわいそうにと傍らの竜に目をやる少女に男の瞳が眇められる。
少女を再び吟味するように頭の先から足の先まで不躾に眺めるとやがて口を開いた。

「確かに、乗り物がないとなると夜の旅は面倒だな」

「ええ、私たちと一緒に夜が明けるまで休みましょう。場所はもう見つけてあるんです」

この娘は警戒心はないのかと男は訝しむようにまた少女を見つめる。

(いや、この脳天気さだ。警戒などと言う知恵もないのだろうな)

そう思い直すと「ではやっかいになろう」と応えた。

「そういえば」

焚き火の場所に戻りながら少女は一人ごちて男を振り返り仰ぎ見る。

「まだ名乗っていませんでしたよね。私はフェリシア。フェリシア=ミイスといいます」

その名を反芻するように男は口の中で小さく「ミイス・・・」と繰り返した。

「あの、何か?」

「いや。フェリシアといったか。その名はたしか『幸福』を意味するのだったな」

「ええ。で、あなたは?差し支えなければ教えていただきたいんですけど」

「・・・レムオンだ」

「レム・・オンさん。覚えました。ではレムオンさん、行きましょう。仲間に紹介します」

人懐っこい微笑を浮かべる少女フェリシアにレムオンの口角が微かに上がった。








一夜の宿を取る場所と決めたソコにはまだ誰もいなかった。

「あれ、セラ、遅いなぁ。泉が見つからなかったのかしら」

そういうとフェリシアは手早く枯れ枝を寄せ、火を点す。

パチパチと火が蘇った。

ふぅふぅとそれを吹きながら、チーズについた土を払う。

「溶ける前でよかった〜。今夜のご飯がダメになるところでした」

「いつもこんなことを?」

「こんなことって・・・?ああ、野宿ですか?そうですね。結構多いかもです。街と街は結構離れているところもあるので」

厳しい世界だ。
冒険者は冒険者ギルドに登録し、仕事を紹介され、それを請け負う。
物品や手紙の配達といった軽い仕事から、旅人の護衛、お宝の探索、行方不明者の探索に救出。果ては魔物退治まで様々な仕事がある。
冒険者にもピンからキリまであって、大陸中に名をとどろかせるものもいればゴロツキとなんら変わりないものもいた。

「さしずめお前は配達専門といったところか」

そう言い当てられフェリシアは肩を竦めた。

「でも、ときどきは護衛なんかもしてるんですよ」

「ほう」

レムオンの眼が焚き火に照らされてきらりと光った。

「ならば冒険者フェリシアに依頼したいことがある」

「なんですか」

「しっ」

そう訊ねるフェリシアを手で制するとレムオンは暗い森に顔を向けた。

「誰か、来る」

「え?私には・・・・ああ、聞こえます。足音。きっとセラだわ」

その言葉通り、腰に皮袋をぶら下げた男がぬっと森から現れた。
手には仕留めたらしい鶉を持っていた。
その胸部はブレードできっち覆われているが腹は丸出しだ。
普通は人をはじめ、獣はみな最も弱いとされる腹を隠すもの。
よほど自分の腕に自信があるらしい。

男が腰に帯びた剣にレムオンの視線が吸い寄せられる。

「セラ!」

「誰だ?」

フレンドリーに手を挙げた娘に応えようともせず、セラはうさんくさそうにレムオンを見た。

説明は娘に任せレムオンはセラの観察を続ける。

「さっき、街道で知り合った。盗賊に襲われてて。レムオンさん強いから一人でも大丈夫だったはずだけど・・・。とにかく騎乗用の竜が殺されちゃったから、ほら、夜は危ないでしょ?だから一緒に・・・」

「いつも言っている事だが、余計な事に首を突っ込むな」

「だって、一人対五人だったし」

セラに叱られるのは慣れているのだろう、フェリシアはまったく悪びれない態度で『はい、できましたよ〜』とパンに溶けたチーズを乗せるとレムオンに手渡した。

「すまない」

粗末なパンを受け取ったもののレムオンは食べるのを躊躇した。

「食べないの?」

「・・・頂こう」

このようなもそもそした固いパンは生まれてこの方口にしたことはない。
それなのにどこか懐かしい味わいを噛み締めた。

「で、ケガはないのか」

レムオンにではなくフェリシアにセラはそう話しかけた。どうやらレムオンと関わる気はなさそうだ。

「うん。なんか、かえってレムオンさんに助けられちゃって・・・」
心なしか肩を落とすとてへへとフェリシアは苦笑した。

「ところで、冒険者への依頼はギルドを通さずともいいのだろうな?」

セラが自分と話す気がないのを察してレムオンは傍らに座すフェリシアにそう尋ねる。
(セラは鶉の首を落とし羽根をむしっているところだった)

「あ、はい、大抵はギルドを通してもらうのですけど中には飛び込みで現場で受ける依頼もあります。だよね?セラ」
「ああ。だがその場合はよく吟味すべきだ」

相変わらず警戒しているのかセラの青味がかった濃いグレイの瞳がレムオンを怪しむように睨みつけた。

「ならば依頼したい。ノーブルまでの護衛を頼む」

「ノーブルまで?うーん」
またもときた道を引き返すことになる。

「貴様に拒否権はないぞ。勝手に首をつっ込んできたのはそちらだ」

「それはそうですけど・・・じゃ、いいです。お引き受けします」

「依頼はノーブルでの仕事を手伝い、ロストールまで俺を送り届ける」

「ええ?ロストールまでですか?」

「そうだ。屋敷でなければ金も払えぬ」

それは自慢することではないんじゃ・・・と思ったがフェリシアはつっ込まないでおいた。

「ギアはいかほど支払えばよい?すまぬが相場がわからない。そちらできめてくれ」

「うーん。・・・500ギアでどうですか?」

「500・・・?そちらの腕前では安すぎるのではないのか?」
ちらりとセラに視線を送ってレムオンはそう訊ねた。

「リーダーはその娘だ。そいつが決めたのなら俺は従う」

「ならば、決まりだな。明日の朝早くノーブルに向けて立つ」

すげないセラの代わりにフェリシアがうれしそうに答え頭を下げた。
「はい、わかりました。よろしくおねがいします」










眠らないんですか?と娘に訊ねられてレムオンはマントを手繰り寄せた。
セラは少し離れた木の幹に寄りかかって軽く目を閉じている。
といっても彼に隙は無く意識は起きているのは見て取れた。

「考えることがあってな」

「はあ」

「おまえ、家族は?」

「・・・今はいません」

「生まれはどこだ?」

「ミイス村といって、ここからはかなり離れた場所にあった村です。・・・今はもうありませんが」

「ディンガルの戦にでも巻き込まれたか」

「違いますけど・・・なぜ、そんなことを?」

訝しげに己を見るフェリシアにレムオンは少しだけ手の内を晒すことにする。

「俺の両親ももう他界している。家族は弟が一人だ」

「私にも兄がいました。今は、どこにいるかわかんないけど」

「行方不明・・なのか?」

「はい。私が旅をしているのは兄を探すためなんです」

「あの男は?」

「セラの素性は私もあまりよく知りません。だけど兄さまの親友だったって。村が魔物に襲われて兄さまがいなくなったとき、セラが現れて呆然とする私を村から連れ出してくれたんです」
感謝をこめてセラに視線を送りそう語るフェリシアはとてもそんな暗い影を背負っているようには見えない。

「手がかりは?」
そう訊ねるとフェリシアは黙って首を振った。

「ミイス・・・か」

レムオンにはその名に聞き覚えがあった。たしか弟エストがその名を口にしたことがあったはずだ。
そして弟が研究しているのは『闇の神器』であった。
レムオン自身はそんな神がかったものを信用しているわけではなかったが、弟の研究熱心さはキライではない。

「『闇の神器』に関わる失踪か」

「レムオンさん!どうしてそれを?」

「貴様」
瞬間、セラの剣がレムオンの首筋に当てられる。

「セラ!!何をするの!?」
フェリシアが声を上げるがセラは動じない。

刃先を首筋に当てられながらレムオンは臆せず言葉を続けた。
「・・・闇の波動を感じる。随分危ない剣を持ったものだ」

「そんなことはどうでもいい。なぜ貴様が闇の神器を知っている。まさか貴様アーギルシャイアの仲間か?」

「俺の弟が、その『闇の神器』とやらの研究をしている。その弟からミイスという村にある神器について聞いたことがあるのだ」

「ちっ」

セラが剣を納めた。

「もっとも俺はあまり興味も無く、詳しいことは聞いていなかった。だから、ミイスという村が壊滅したことも今初めて知ったわけだが・・・」

「弟さんに会わせて貰えませんか?」

「弟に?だが弟は・・」

「お願いします!兄の手がかりを何でもいいから掴みたいんです!」

「わかった。ロストールの我が屋敷にくるがいい。弟に会わせよう。だが、それには条件がある」

「なんですか?」

「それは屋敷に着いてから話そう」

「貴様・・・この娘に何をやらせるつもりだ」

「造作もないことだ。それに成功すれば500ギアだけでなくこの娘にはロストールの市民権を与える。悪い話ではないと思うが」

「ふん。冒険者に市民権など何の役に立つ」

「役に立つ立たないはこの娘の力量次第」

「私、何かわかんないけど行きます。弟さんに会わせてください」
熱心に手を組み、願うフェリシアにわが意を得たレムオンの口元が微かに緩む。

「決まりだな。この娘がリーダーなのだろう?」

「セラ、ごめんね。ひとりで決めちゃって・・・」

そう申しわけなさそうに見上げる少女にセラは視線を素向けて呟いた。

「・・・勝手にしろ。俺はロストールの城門で別行動を取る。街の中でのことはお互い干渉しないのが決まりだ」

セラは再び瞳を閉じるとその夜はもう口を開くことはなかった。