Walkure
 04


翌日、兄にたたき起こされたフェリシアは冒険者の格好で兄と共に平民街に立っていた。
馬車から降り立った直後から兄は立派な貴族らしい服装でこの辺りではすっかり悪目立ちしていた。
本人はいたって気にしていないふうであったが。
もちろん、セバスチャン付である。

「兄さま、どこに行くのですか」
「エストが戻るまでの暇つぶしだ」

エストは今夜ロストールに到着する予定になっている。

馬車を通りで待たせ、レムオンがフェリシアを伴い、高い背をかがめてくぐったのは鍛冶屋のドアだった。

「鍛冶屋・・・ですか」
「ああ。おまえの剣・・・ずっと気になっていた。おまえの剣は元は悪くないが鍛え方が足りん。一目でわかった」

「す、すみません」

鍛冶を頼むには錬剛石とそれなりのギアが入用となる。
駆け出し冒険者のフェリシアにそんな余裕はなかった。

「セバスチャン」
「はい、ご主人様」

セバスチャンはおもむろに皮袋から錬剛石を幾つか出し、ギアは小さな皮袋ごとカウンターに置く。

「これだけあればお願いできるでしょうか」
「これだけあればどんな形にもできまさぁ」

請合う鍛冶屋の主人にレムオンはフェリシアの剣を預け、本人とあれこれ相談しながらもっと軽く、切っ先の鋭いものに作り変えるように依頼した。

「おまえはデルガドという鍛冶師を知っているか?」
妹を振り返って兄は訊ねる。

「デルガド?」

「ドワーフの鍛冶師でな、若い頃は冒険者としても名を成したというが・・・俺の二本の剣、バトルブレードはそのデルガドの手によるものだ」

「・・・ほう。さすがはデルガド・・・噂にたがわず見事なもんです」
しきりに感心する鍛冶師からバトルブレードを受け取るとレムオンは腰にそれを挿す。

「兄さま、ドワーフ王国にいけばその人に会えますか?」

「さあな。最近はめっきり噂を聞かぬが」

「そうですか」

「剣は明日、取りに来ればよいそうです。ご主人様」

「そうか。ああ、あるじ、まだ用がある。防具を見せてもらいたい」

「へい、こちらでございます」

別室に並べられた防具類にフェリシアは眼を瞬かせた。

昨日覗いたときには入れなかった奥の部屋である。
どうやら貴族御用達の高価なものが置いてあるらしい。

普段冒険者達が手にするものとは違い、防御だけではなく装飾という意味合いも兼ね備えた綺羅綺羅しい胸当てや銀色に輝く胴鎧が並んでいた。

「あのう、兄さま・・・」

「リューガ家の姫としてこれくらいのものは」

「兄さま、だめです!こんなの着てたら仕事になりません!」

まだ駆け出しの冒険者たる自分がこんな立派な装備をしていては賊に狙われ、仲間内では浮き上がり仕事になりはしない。第一目立ちすぎる。

「む・・・どれならばいいという。あまりみすぼらしい格好は認めんぞ」

「ロストールを出れば私のことを気にする人なんていないんですから」

「そんなことはない。ギルドにもきっちりおまえの呼び名を改めるように申し渡してある」

「は?」

なんてことを。とフェリシアは顔を覆った。

「心配いらん。有名になればの話だ。いまのおまえは二つ名でも呼んでももらえぬだろう」

この傍若無人男・・と心の中で兄を罵りながらフェリシアは諦めのため息をついた。

妹のため息をどう解釈したのか、レムオンは眉根を寄せしばし考えた後、口を開いた。
「では百歩譲って、この全身鎧だ」

百歩譲ってそれなのか・・・と心の中で突っ込みながら、仕方なくフェリシアはその中でもっとも質素そうな全身鎧を身に着けさせられた。たしかに見た目はぐっと地味になったがこんなのを着ていては俊敏に動けないだろう・・・。

ところが・・・

「あれ?思ったよりも軽い」

「そりゃあ、お嬢さん、これはミスリル鉱でできてるんでさ。みためは地味ですがエルフの匠の作でね。なかなか値が張りますが丈夫さ、軽さにかけてはこの上ナシですよ」

鍛治師の説明に驚いて鎧を恐々触る妹を見てレムオンに満足げな笑みが浮かぶ。

「お前の腕前ならこれくらいの防御力がなくてはな」

「兄さま・・・酷い」

「セバスチャン」

「はい」

セバスチャンが支払った代金はフェリシアにしてみれば思わず目の玉が飛び出るほどの額だった。
おそらくこのロストールでも家の一軒や二軒は買える額だろう。駆け出しの冒険者に支払える額ではない。

呆然としてしまったフェリシアであったが帰りの馬車の中で我に返った。

「兄さま、こんなに高いものもらえません」

「・・・必要経費だ。王家に連なるリューガ家の息女としてのお仕着せとでも思え」

「お仕着せ(制服)ですか・・・はぁ」

くすくすとセバスチャンが笑う。

「違うのですよ、フェリシアさま。レムオンさまは妹君の身を案じられて」

「セバスチャン!俺はリューガ家の体面を・・もういいっ」

「それにしてもお似合いでございますねぇ、フェリシア様。凛々しいお姿です」

「あ、ありがとう・・・」

不機嫌にそっぽを向いてしまった主のことを気にもせずセバスチャンはにこやかにフェリシアの鎧を褒めた。









夜になってエストが戻ってきたという知らせを受け、フェリシアは食堂に向う。

そこにはエストがにこやかに彼女を待っていた。

「やあ。君がノーブル伯になったんだね。そうなると思ってた」

こんなふうにフレンドリーに迎え入れられるとは思わず、多少緊張気味に再会に臨んだフェリシアはエストの様子に拍子抜けした気がした。

「あの、私」

「あらためて自己紹介するね。僕はエスト。年はレムオンより二歳下になる。ってことは僕も君のお兄様ってことだよね?嬉しいな。妹がほしかったんだよね、僕」

「あ、私は、フェリシアです。フェリシア=ミイス」

「うん。兄さんから大体は聞いた。君、ミイス村の神官のお嬢さんなんだってね。あの村は気の毒に魔人に焼かれたと聞く・・・大変だったね」

エストの優しい言葉は温かくフェリシアの胸に染みた。
あふれ出る涙を堪えながらフェリシアはエストを見つめた。

「私と仲間は闇の神器を持ち去った魔人と、闇の神器そのものを探しているんです。できればエストさんに仲間と会っていただいてお話を聞かせてほしいんです」

「わかった、会うよ。その仲間は宿にいるの?これから行こうか」

「ありがとうございます」

「馬車は面倒だから歩きでいいかな?」

「もちろんです」

レムオンとは違い、方々を研究のために渡り歩いているというエストは大層気さくな人物だった。
金髪に茶色い目という点では兄とよく似ているが、受ける印象はまったく真逆だ。
レムオンが剃刀の如く鋭い緊張感をあたりにもたらすのとは違い、エストはほんわかした穏やかさが周囲の雰囲気を和らげる。
育ちのよさが知らず知らずに出てしまうのは二人に共通していることではあったが。

「僕と兄さんが似てないって・・・思った?」

「・・・す、すみません」
思考を見透かされて思わずフェリシアはギクリとした。

「ううん。本当のことだもの。君は事情を知ってるから話すけど、兄さんと僕とは産んでくれた母上が違う。もっとも僕がそれを知ったのは大人になってからだ。兄さんは僕が生まれたときからずっとあの邸にいたし、ちゃんと長男としての扱いを受けてきた。僕はそれがありがたいことだと思ってる。兄さんが父上のあとを継いでくれたおかげで僕は面倒な宮廷に顔も出さずこうして研究を続けていかれるんだ」

その分兄さんにはすっかり苦労をかけちゃっているけどね・・とエストは苦笑した。

「エストさんはレムオンさんのことが好きなんですね」

「うん。僕の大事なたった一人の兄さんだもの。それにもうひとつ兄さんに感謝しなくちゃね」

「?」

「君を妹として迎え入れてくれたこと。大事な家族が増えたこと」

「エストさん・・・」

「だめだめ。ちゃんと兄さまって呼んでくれないと。兄さんのことはもう呼んでいるんでしょ?」

「わかりました。エスト兄さま」

「うん。僕も君の事は名前で呼ぶよ。フェリシア、幸福か・・・いい名だね・・・そうだ、僕は君の事愛称で呼ぶよ。そのほうが兄妹らしいだろ?フェリスって呼んでもいいかい?」

「ええ」

「じゃ、フェリス。この兄さまと夜の散歩にお付願えますか?」

「ええ、喜んで」


宿までエストとの会話は弾んだ。
闇の神器を守る一族に生まれたフェリシアにはもともと神学や神器についての基本的な教養があった。エストにとってはくどい説明をせずとも話の通じるフェリシアは楽しい会話相手だった。

「なんて僕は幸運なんだろう。僕を理解してくれる初めての相手が妹だなんて。これからこの街にに戻るのが楽しみになるよ。旅先で会えるかもしれないしね」

「君を選んでくれたことレムオンに感謝すると同時に君にも感謝しなくちゃね」

「え?」

「君がよく引き受けてくれたなって思って。あの兄さんのことだ。かなり強引に君を巻き込んだんだと思う」

「でも・・最初は私が自分から飛び込んでいったようなものだし」

秘密を知って後戻りできなくなったのも本当だ。
それ以上にレムオンを取り巻く環境を知ってしまって、放って置けなくなった・・・というのも大きかった。

「うん、だけど、君には感謝している。そして改めてお願いしたいんだ。兄さん、レムオンを見放さないでほしい」

「エスト兄さま?」

「兄さんは、本当ならこんな狭っ苦しいロストールの貴族社会で留まるべきひとじゃない。だけど、僕と亡くなった僕の母のために兄さんは家を守ろうと必死なんだ。ほら、僕は一切リューガ家に拘りがないし、もちろん家の役にも兄さんの役にも立ちはしたいけど・・・僕は僕の研究が大事だ。ロストールだけでなくこの大陸に生きる生命すべての未来を考えてる。そんな僕にあの宮廷生活は耐えられない。兄さんはそれを知っているから、あんなに張り詰めて・・・」

「だけど君が居れば兄さんは変る。ううん。もう変り始めてるんだ。君と出会ってたった五日で。あの他人を拒絶する兄さんが、慎重すぎるほどの兄さんが、見ず知らずの君を信用した。今までなら考えられないんだ。こんなこと」

「だから、君は、君だけは兄さんを見捨てないで。君の本当の兄上が見つかるまででもいい。兄さんのもとに時々帰ってきてあげてくれないか」

「はい・・・でもどうして私なんかをそこまで」

「あの人はきっと君にひどいことを言うよ。傷もつけるかもしれない。だけどそれだけあのひとは胸の内に深い闇を抱えている。そして自分の本当の心がわからないんだ。だけど気にしないでほしい。君は時々帰ってくるだけでいいんだ」

「エスト兄さま」

「ごめんね。妹になったばかりに君にこんな。だけど、僕も君の役に立てるように頑張るよ。交換条件じゃないけど僕の研究はきっとフェリス、いつか君の役に立つ。そしてリューガの名も君の役に立てればいい。ほかに君が得する条件なんかないんだものね」

エストの兄を思う心にフェリシアは素直に感動していた。
こんなに思ってくれる家族がいて、なのにあの人は何に飢えているのだろうと・・・レムオンの冷たい横顔を思い出し、小首をかしげる。
あのひとはただ寂しいのかもしれない・・・それならば自分にも理解できる。そう思うとフェリシアは頷いた。

「わかりました。なるべくロストールに戻ってくるようにします。だからエスト兄さまも戻ってきてあげてくださいね?」

「うん。ありがとう。君は本当に優しい子だね。フェリス」

エストはこの夜の言葉をずっと後にも違えなかった。
彼の研究により、フェリシアは後に得がたい力を得ることになる。
そして冒険の最中幾度もこの次兄と「関わる」ことになるのだった。



宿に着いたエストは無愛想なセラに頓着せず知っている情報を教えてくれた。
アーギルシャイアの行方はわからないが、彼女が何かの目的を持って闇の神器を集めていること。
闇の神器には破壊神ウルグの復活の鍵があるということ。いくつかの神器については保管場所に心当たりがあるがまだ調査できてはいないこと。神器に関わっている限り自分はティンガル帝国にも魔人にも関わる可能性があり、アーギルシャイアを見かけたら必ず連絡をしようととも約束してくれた。

「だけど兄さま、危なくはないですか?魔人やディンガル軍に狙われたら・・・」

「うん、まぁ僕一人ならなんとかね。これまでもうまくやってきたし」

「そうですか・・・充分気をつけてくださいね」

「ありがと、フェリス」

フェリシアがエストを『兄さま』と呼ぶことにセラは怪訝な顔をした。
そこで掻い摘んでここ三日ほどの経緯を話す。
案の定、セラは呆れ果てたという面持ちで仲間の少女をみやった。

「だけど、悪い話じゃないでしょう?僕達の妹になることによってリューガの名を名乗ること、すなわちミイスという名を隠すことが出来る。魔人たちもミイスという名には敏感なわけだから。動きやすくはなるはずだよ」

「貴族の立場に縛り付けておいて何を言う」

「うん、その点については申し訳ないと思うけれど。僕もわかったことがあったら愛しい妹を通じて知らせるから、そのへんは勘弁してほしいな」

「フン」

「そうだ、フェリス、君にひとつ伝えることがあったんだ」

「なんですか?」

「ディンガルの都エンシャントの近くに賢者の森という小さな森があるんだ。そこにはかつてネメアと一緒に魔王パロスを倒したという賢者が隠遁生活を送っているという。その賢者が住む屋敷には運命に選ばれたものしか到達できないという噂があるんだ」

「賢者の森」

「うん。行ってみたらどうだろう。お兄さんのことも何かわかるかもしれない」

「エンシャントですね。そういえばレムオン兄さまからデルガドという鍛冶師さんについて聞きました。それでドワーフ王国に行ってみようと思っていたんです。そこから足を伸ばしてみます」

「うん。君ならきっと会える気がする。その賢者に」

「はい」










翌朝、フェリシアは出立の支度を整えた。
面映い気はしたがレムオンが揃えてくれたミスリル鎧を身につける。
羽根のように軽いソレはまったく動きに支障がない。

でがけに暇の挨拶をしようと兄の書斎を訪れることにしていた。

「兄さま、失礼します」

「ああ、もう出かけるのか」

「はい、ドワーフ王国にむけて発とうと思います。その後はエンシャントに向けて・・・」

「そうか。広い大陸を存分に見てくるといい。俺に必要なのは従者ではなく、ともに歩める同志なのだから」

「はい」

「ただし、くれぐれもリューガ家の姫としての行動を心がけよ。家名を穢すくだらん行動をしたならばそのときはこの兄が自ら成敗してくれる」

この双刃使いの兄は凄むでもなく淡々とそう言い放つ。
冗談などではない。
やりあってもたぶん、一刀で殺られるに違いない。

「き、気をつけます!」

「・・・時々は帰って来い。邸の者が喜ぶ」

「はい」

「とはいっても不用意に王宮には近づくなよ?それからこの街に帰ってきたらボロが出ぬよう宿はとるな。この邸で休め。よいな」

「はぁい」

「それからノーブルはお前の領地だ。リューガ家の館は好きに使え。統治のことは気にしなくていい。俺に任せておけ」

「ありがとうございます」

「それから」

「まだあるんですか?兄さま」

「まだ、支払いが済んでいなかった。これを」

渡された真新しい皮袋には金貨がぎっしりつまっていた。

「これ・・・3000ギアもありますけど」

「不足はあるまい?おまえには存外世話になった。取っておけ」

「500でいいのに」

「うるさい。護衛料は依頼主の好意で上乗せされることもあるのだろう?文句を言うな。駆け出し冒険者」
態度も言葉もぞんざいだがこれも兄心のひとつなのだろうとフェリシアは負けておくことにした。
このひとは見かけよりもかなり優しい人なんだなと思う。

「ありがとうございます。兄さま」

「街を出る前に鍛冶屋によって行く様に。剣が仕上がっているはずだ」

「はい!」

「もう行け」
そういうとレムオンは背を向け机に向う。




ふと徒心が芽生えてフェリシアはレムオンの背後に近づいた。


「行ってきます。兄さま」

背伸びして滑らかな兄の頬をフェリシアの唇が掠めすぐはなれた。
ミイスにいた頃、出かけるときに家族にしていた「いってきます」のキス。

「なっ!き、貴様・・・」

「いってきます!」

「いってらっしゃい」のキスは期待してはいなかったけど…
『貴様はないでしょ、お兄様』と心で呟きながらフェリシアは逃走した。











鍛冶屋に寄るとそこには一振りの素晴らしい剣が出来上がっていた。

「わぁ・・・・すごい」

「会心の出来だね。あの公爵様はさすがいい眼をお持ちだ。お嬢ちゃんが持つには最適の重さで可能な限り硬く仕上げたんだ。形といい、使いやすさといい、前とは比べ物にならんはずでさぁ」

「うん」

剣を振り馴染み具合を見る。
柄も少し細くしてあってフェリシアの小さな手にぴったりフィットしていた。

「それからこれはあの後公爵様が使いを寄こしてね、剣の銘も決めてあるようだ」

「銘?」

「この剣は無銘だったんだがね」

「兄さまが銘を?」

「『ワルキューレ』というんだそうだ。なんでも遠い異国の戦乙女の名前だとか。強そうないい名前じゃねぇか」

「ワルキューレ・・・ありがとう!親父さん!!」

「礼なら公爵に言うんだな」

「うん、そうする!」

嬉しそうに剣を下げると颯爽と出て行くフェリシアを鍛冶師は『凛々しいねぇ』と見送った。





次に帰ったらきっと・・・そう胸に刻んでフェリシアは城門を目指して走った。

城門にはすでにセラが旅支度を終えてフェリシアを待っていた。
フェリシアの装束を一瞥するとぽそりと言葉を漏らす。

「随分・・・大仰な姿になったもんだな」

「あはは・・・ほんとにね」

「やれやれやっと自由の身か」

「うん」

『でも・・・この街、悪くなかったよ』と言う言葉を飲み込んで少女は「出発!」と声を上げた。

ロストール。思いもかけぬ場所に帰るところと家族が出来てしまった。

はっきりいって巻き込まれ利用されたようなものだ。

だけど・・・悪くなかったと思う。






広い世界を北に向けて・・・少女は街をあとに飛び出して行った。